ストーリー 最高の精度:ジャン・カンピチェと F1® タイムキーピングの進化
3分
ピアニスト
1970年代は、フォーミュラ1® の計時における転機となりました。そして、その中心にいた人物が、様々な厳しい選抜過程を通過して1973年にホイヤーに加わったジャン・カンピチェでした。当時、モータースポーツの計時は、科学というよりむしろ芸術に近いものでした。ほとんどの計時は手動で行われていたのです。カンピチェは、たくさんのプッシュボタンが付いた大きな計時用キーボードを操作していました。この技術は、彼の指がまるでダンスを踊るようにキーを叩く様子から、カンピチェに「ピアニスト」というニックネームをもたらしました。本能、集中力、そして卓越した手法を武器に、彼は、ラップタイムやセクターを手作業で記録。これを通して彼は、人間の限界と機械の可能性を深く理解して行ったのです。
彼の斬新なアプローチは、目覚ましいものでした。カンピチェの仕事により、F1チームは戦略的な側面を持つことができました。彼は、パフォーマンスを捉えていたのではありません。それを予期していたのです。1970年代初期、ホイヤーがフェラーリと密なコラボレーションを組むようになると、カンピチェは6カ月間に渡りスクーデリアに入り、伝説的人物マウロ・フォルギエリや、ニキ・ラウダのようなドライバーたちと共に、パドックでの注目を集めるようになります。
時を同じくして1971年、ホイヤーは先駆的な「ル・マン センチグラフ」を発表。カンピチェがホイヤーに加わる前に開発された革命的計時機器で、1/1000秒まで計測、表示することが可能でした。耐久レースのために開発されたこの機器は、モータースポーツの計時技術のターニングポイントとなりました。精密な計時とリアルタイムの視覚的表示をひとつにしたセンチグラフは、後にカンピチェがF1® において運用・導入を支援することになる革新技術の重要な基盤を築きました。
ストップウォッチからシリコンへ
1970年代後半から1980年代は、モータースポーツ計時における転換期となりました。カンピチェの貢献により、紙と鉛筆で記されていた計時がマイクロプロセッサやソフトウェアにとって代わり、手動による計時から徐々に自動のシステムに移行していきました。ホイヤーの最先端のクロノスプリット テクノロジーや、その後フランソワ・プリンツ率いるホイヤーのエンジニアチームにより開発されたCP705 システムなどにより、計時はデジタル時代を迎えます。
カンピチェは、オペレーションを助け、計時データの捉え方や表示を見直すことで、エンジニアたちとモーターレーシングチームの間をつなぐ重要な役割を果たしました。ローデータとして計時情報を届けるだけにとどまらず、チームがより効率的に解釈できるようにしたのです。モーターレースのエンジニアたちは、より賢明な判断を下し、設定を最適化し、アクションにより戦略に微調整を加えることができるようになりました。
公式結果のエラーを見つけ出し正した経緯から、カンピチェは、1970年代半ばには既にタイムキーピングのスペシャリストとして評価を得るようになっていました。
ピットウォールのアナリストとして
F1® がどんどんデータ主体になるにつれ、タイムキーパーの役割も進化していきました。カンピチェは、レース中に膨大なデータを分析する現代のパフォーマンスアナリストやトラックサイドエンジニアの仕事の基盤となる手法の確立に貢献することになります。彼が成し遂げた仕事は、計時というものが受動的な測定から戦略的ツールに進化し得る事を示したのです。
この進化は、F1® というスポーツそのものの変容を反映したものでもありました。ターボチャージャー式エンジンがモナコやモンツァのサーキットを唸りをあげて走り抜ける中、カンピチェは、計時システムを操り、それを読み解き、チームが頼りにするようになっていくレースのパターンや洞察を提供しました。この時点ですでに計時というものは、受動的な数字ではなく、競うための武器になっていたのです。
タグ・ホイヤーが今なお与え続ける影響
レーストラックを超えて計時の概念を再定義したブランド、タグ・ホイヤーなくして、カンピチェの物語を語ることはできません。1916年に1/100秒を記録した「マイクログラフ」から、現代の最先端コネクテッドウォッチに至るまで、タグ・ホイヤーは常に時間の可能性の限界に挑戦し続けてきました。
しかし、ジャン・カンピチェが体現していたのは、それ以上のものでした。アナログの過去とデジタルな未来の間をつなぐ、人間という存在です。彼の仕事が示したもの。それは、真の革新は機械によってもたらされるものではなく、機械の使い方を新しい角度から見出す人々によりもたらされるということだったのです。
ひとつのスポーツを変容させた計時
2000年代初頭、ジャン・カンピチェは職を退きました。しかし、彼の軌跡はF1というスポーツのいたるところに残されています。現代の計時画面に刻まれるミリ秒単位の記録は、彼がモーターレーシングにもたらした卓越したオペレーションの結果なのです。データクラウドとAIが支配する今の時代、彼の功績は、モータースポーツ計時の本質が昔も、そして今もなお、深く人間的なものであることを思い起こさせてくれます。
ジャン・カンピチェは、計時を優位に使うことのできる戦略に変え、ミリ秒から勝利に導いた、素晴らしき先駆者なのです。