ストーリー COLLECTED, VOL. 5、パート2

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ショーン・ウェインスタインとニコラス・ビュビックとの対談のパート1では、ショーンのヴィンテージ ホイヤーに対する熱い想いや、タグ・ホイヤー モナコにまつわる伝説的なエピソードが語られました。パート2では、ショーンが所有する2本の極めて希少なブラックのホイヤー モナコ、彼が好きなヴィンテージ ホイヤー、そして彼のインスタグラムのアカウント名「Neutrino」の由来についてご紹介します。

ショーン・ウェインスタイン(以下SW) :インターネットやSNSにおけるウォッチコレクターの対話の進化は、この20年で本当に変わりましたね。今ではインスタグラムが時計を見せたり話し合ったりするメインのツールになっていますが、インスタは永続的なものではないので、昔のウェブフォーラムのような参照性は多少なりとも失われてしまったように感じます。Facebookも同様で、ちょっと違いますよね。ウェブフォーラムによってコレクターが色々と調べられるようになり、最初は偽物だと思っていたウォッチが本物だと後になって分かったという例も多々あります。偽物だと思われていた「スキッパレラ」が本物だったと判明したことなどが良い例です。

 

ニコラス・ビュビック(以下NB) :ブラックのモナコでさえそうですからね。少し前までは、この時計が偽物ではないかと疑う声が非常に多かったのですが、今でははっきりと本物が存在することが分かっています。実に興味深い点を指摘していただきましたが、それこそが、最近、私たちの間や、コミュニティの他のメンバーとよく話し合ってきたトピックで、つまり、こうしたツールがどのように進化してきたか、ということです。昔はメールリストがあり、その後フォーラムに移行して、現在はSNSの世界です。特にインスタは、時計のコレクションのために発明されたかのようにさえ思えます。スクリーンに映し出すのに時計はちょうどいい大きさで、見映え良く見せることができますからね。コミュニティの社会的な側面の中で、過去に感じたことや思い出、そして現在の状況についてお聞かせください。

SW:クラウドソーシングという言葉が流行る前から、クラウドソースを使ってのリサーチができるようになっていたので、リサーチするという行為が最近失われてしまったように感じています。つまり、そこは、非常にグローバルなコミュニティで、時計に精通したコレクターたちのことをよく知らない人たちがたくさん集まってくるわけです。そして、いきなり多くの反響が押し寄せます。80年代のグレーPVDのオータヴィアを投稿したことがあります。これは、知らない人、特にコレクターではない人にとっては、この時計のことなど気にもかけられないですし、「ああ、ホイヤーが80年代末に作った時計だね」という感じでした。でも、それがインスタでバズったんですよ。中東やアジアの人たちから「この時計は何?こんなの見たことない」とコメントが寄せられ、過去最高の「いいね!」がつきました。ですからこの部分、つまり古い時計を新しい人たちに知ってもらうのには、SNSはいいものだと思います。ええ、それはいい点ですよね。

 

NB:私もその点は本当に素晴らしいと思いますね。インスタでみんなでメッセージのやり取りができるのも気に入っています。そうした投稿を目にすることもありますが、その一方で、永続性に欠けることも事実です。特にコメント欄には、本当に重要な情報が掲載されているのをよく見かけるんですが、それを保存することができないんです。それがちょっとした課題のひとつなんでしょうね。でも、そこから派生して、この数年でコミュニティはどのように変化してきたと感じますか? あなたは、ジェフ・スタインのような人たちと一緒に、もう何十年もそうしたコミュニティに関わってきたのですから。進化はどこに見られますか? 続いている人たちは多いのですか? 新しい顔ぶれもたくさん入ってきているのでしょうか?

ショーン・ウェインスタイン

SW:進化していると思いますね。進化している部分としては、時計の価格ですね。最初のころは、時計もかなり安く、2000年代初頭には数百ドルでしたからね。一か八か買ってみることもできたし、もし判断を誤って時計が粗悪品だっとしても、「仕方がない。数百ドルでいい勉強をさせてもらった」となるわけです。ですから、ある意味、より素人っぽいのかもしれません。みんな真剣なので、「素人っぽい」というのは不適切でしたが、もっと情熱に突き動かされていましたよね。ホイヤー、特にヴィンテージ ホイヤーの知名度が上がるにつれ、「これはいい投資だ」と考えて飛びついた人もいたと思います。でも、それは時計との向き合い方としては良くないと思うんです。好きだからこそ、であるべきだと思います。でも結局そういう人たちはコミュニティから離れていきました。そして、今でも本当に時計をコレクションすることに情熱的な人たちがコミュニティに集まっています。彼らはモータースポーツも愛し、ホイヤーの歴史も大切にしています。航空・宇宙の歴史もあるし、ヨットもあります。私はヨット用のウォッチが好きですね。だから、たとえそれが進化して、よりシリアスになったとしても、時計に対する愛情が変わることはないんです。それに、コレクターの人たちと一緒にいたとしても、必ずしも投資の話をされるわけではありませんし。「ワォ!そのダイヤルのバリエーションは、あのレースで使われて…」と話題になり、みんな面白がってくれるんです。

NB:そうですね。私は、長年にわたって時計コレクションの世界の中で、そうした様々なコミュニティの数多くと付き合うことができてラッキーだったと思っています。おっしゃるとおり、その多くは「これは正しくなければならない。正しくなければ間違っている」ということに過大な焦点が当てられています。でも、「ショーンタヴィア」のような話が出ると、コミュニティ全体がいつでも意見を進化させ、物事を新たに見つめ直す準備ができていることが分かるんです。そして、もうひとつの大きな点が、お金の話をする人がほとんどいないことです。私たちが扱う時計の多くがある意味とても価値が高くて、ホイヤーの世界でも本当に面白いものであれば、5,000~10,000フラン(約70万円~140万円) の価値がありますから。でも、ただ6ケタの大台に乗ったものの話をしても、ほとんど盛り上がらない。と言うのも、僕たちは皆、自分が好きで面白いと思うものについて議論しているだけだからなんです。そして、それを所有するラッキーな人がいれば、それはそれで素晴らしいことですが、私たちがそれを高く評価することも、ある意味、同じように楽しいことです。

 

SW:それは確かに言えますね。おっしゃる通りですよ。

 

NB:特別な思い入れのあるモデルや、今でもまだコレクションに入れたいと追いかけている時計はありますか?

SW:私のコレクションにまだ入っていないのは、スクリューバックの「オータヴィア シーファーラー」です。あまり出回っていません。タグ・ホイヤーがアバクロンビー&フィッチのために作った時計はどれも好きです。それがまた私にある種の幸運をもたらしてくれたんですよ。15~20年前、私の娘はまだ10代で、アバクロンビー&フィッチは、プレティーン(9~12歳) の女の子たちをメインのターゲットにした巨大なブランドでした。そして、全く異なるブランドのために、ホイヤーがハンティングや釣り、探検用として作った時計を見つけたわけです。50年代にはこのアバクロがあり、90年代には全く異なるブランドになっていましたね。それで、面白いなと思って、娘にプレゼントしようかなと思って、その時計を買うことにしたんです。私は、単にこの時計が素晴らしい時計だと思ったから手に入れたわけですが、今や誰もがこの時計に夢中になっていますからね。

 

NB:何十年も前にテディ・ルーズベルトのハンティングのための装備をデザインしたり、リージェントストリートの角にシャツを着ていない男が立ってTシャツを売ったりと、あなたがおっしゃるように進化を遂げ、アバクロは、実に興味深いブランドですよね! ブランドにはこのように大きな変化があったのです。でも、20世紀半ばの時点では、実は非常に技術的に革新的なブランドだったのです。それと、アバクロのトップだったウォルター・ヘインズのエピソードはご存じですか? 彼は、潮位計のコンプリケーションを設計し、特許を取得した人物です。彼は、ジャック・ホイヤーの父親やジャックの叔父と連絡を取り合い、1940年代後半に「ソルナー」の生産をシリーズ化します。そして、1950年代から60年代にかけて、潮位計を搭載したクロノグラフへと移行していったのです。ですから、このブランドにとっての文化的な歴史の中で実に重要なタイムピースなんです。これが、所有者にとって、それが単なる金属片ではないのだということを、より強く示しているわけです。ただの時計ではありません。モータースポーツとのつながりもありますが、もっと大きな環境、もっと大きな歴史と複雑に結びついているんです。

SW:そうですね。ホイヤーとアバクロのそのつながりの歴史については、時間が経つにつれて、未だに色々なことが明らかになってきていると思います。

 

NB:まあ、その点では僕はすごい経験をしているんです。半年ほど前にウォルター・ヘインズの孫娘さんから突然連絡があり、「屋根裏部屋で祖父がホイヤー家とやりとりしていたものを全部見つけた」と言われたんです。いまだにこういうことが明るみに出るというのがすごいことだと思います。ホイヤーのようなブランドに関して、1980年代という非常に複雑な時期に多くの歴史を失ってしまったのですが、今それを振り返って、新鮮な視点、新鮮な見解で当時の世界の状況を理解することは、私たちにとって本当に有益なことだと思っています。

 

SW:それは素晴らしい発見でしたね。また、インターネットの一部の小さなコミュニティではなく、今やグローバルなコミュニティであることのデメリットを指摘したこともよかったかもしれません。それがメリットのひとつでもあります。そうでなければ、彼女もあの手紙のやり取りの価値を理解することはできなかったでしょうから。

 

NB:本当にそうですね。あなたが素晴らしいブラックのモナコ、74033を着用しているのをよく見かけますが、それを手に入れた経緯を簡単にお話しいただけますか? 必死に探していたものなのでしょうか?

SW:これには色々な議論がありました。「偽物に見える」「あれは本物じゃない」「針が違う」「ケースの仕上げがおかしい」と言い争いになり、写真を何枚もロードして、「ああ、こういう共通点があるんだ」と思ったのを覚えています。つまり、こうしたことは、偽造にしてはあまりに一貫性があるので、おそらく本物だろうと思ったわけです。それで、eBayでかなり使い古されたものを見つけて買ったんですけど、すごいボロボロでした。全てを修理するには、かなりの長い時間が必要でした。ゲルト・リュディガー・ラングに頼み込んで修理してもらうしかありませんでした。他に誰も部品を持っていなかったので。タグ・ホイヤーには、その当時、この時計が壊れているから何もできないと言われてしまいました。それが今はレストアされたのですから、素晴らしいことだと思います。かなりボロボロになっていますが、使うのには問題がありませんから。今は毎日着用することができますし、もう1本、ほぼ完璧な状態のものもあります。両方あって本当に良かったですよ(笑) 。

 

NB:ブラックのモナコを2本ももっているなんて、あなたはとてもラッキーですね。そういう恵まれた立場の人は、世界でも数人しかいないと思うんです。ですから、本当にすごいことなんですよ。最後に、一問一答形式でいくつか質問をさせてください。では先ず、ヴィンテージ ホイヤーの手巻と自動巻ではどちらが好みですか?

SW:手巻かな。

 

NB:カレラとオータヴィアでは?

 

SW:うーん… カレラかなぁ。

 

NB:モナコとシルバーストーンでは?

 

SW:モナコ。バリエーションもあるし、歴史もあるから。だから、僕はモナコの方が好きなんだけど、シルバーストーンも推してるんですよね。

 

NB:ブルーとレッドでは?

 

SW:ブルーですね。史上最高のカタログ写真と言っても過言ではないと思っているのが、クレイ・レガツォーニが、ブルーのシルバーストーンを着用して、彼のF1フェラーリに座っている写真だから。

NB:コックピットで、口ひげを生やした彼がレース前の真剣な、いつでも走り出せる表情でこの時計を身に着けている姿という信じられないような素晴らしい写真ですよね。僕も認めなければならないんですが、あなたとちょっと似たところがあって、長い間、手巻ウォッチに強いこだわりがあったので、その後、よりオータヴィアが好きになったのかもしれません。でも、この2モデルではどちらを選ぶかは本当に悩みますよね。それから、スクエアウォッチも、ちょっと悩んだんですが、モナコを着け始めて結構好きになりました。でも、いざシルバーストーンになると、どうもピンとこなかったんです。そしてクレイの写真を見て、「そうか。クレイ・レガツォーニにとって十分なものであるなら、僕にとっても十分なものになるはずだ」と思ったんです。

 

それでは、ここまでとしたいと思います。今日はインタビューにお答えいただきありがとうございました。正直言って、いつまでも話していられますが。私は、あなたがコミュニティの重要な一員でい続けてくださり、あなたの素晴らしい Neutrino 14 アカウントを通して毎日あなたの時計愛をシェアしてくださっていることにも感謝したいと思います。最後にこのアカウント名の由来についてお聞きしたいのですが?

SW:なぜ「Neutrino(ニュートリノ) 」なのか? 「Neutrino っていう有名なDJに似てるから?」って聞かれるんですが、「いいえ、全く関係ありません!」と答えています。僕は、学生時代、素粒子物理学の博士号を取得するために CERN(欧州原子核研究機構) で働いたことがあるんです。お金はあまりなかったんですが、ジュネーブのウォッチショップに行って、当時から時計が好きだったので、「機械式時計はないですか?」と聞いてみたんです。すると、「そんなものはゴミですよ。それより、クォーツウォッチをぜひご覧ください」と言われてしまったんです。そして、店の人は、機械式ウォッチの巨大な引き出しを引っ張り出してきました。とても買えなかったので、他の一番安いのを買いました。タイムマシンがあれば、当時に戻りたいくらいです。だから、その時計を見ると、CERNを思い出すし、僕の時計コレクションのきっかけともなったものなので、Newtrino としたわけです。

 

NB:なるほど、素晴らしいスイスとのつながりですね。粒子加速器に関して、私たちは一周回って元の位置に戻り、奇しくも、話がCERNからスイスのウォッチブランドに戻ることになりました。改めまして、ショーンさん、今日は本当にありがとうございました。あなたは本当にウォッチコミュニティにとってかけがえのない財産であり、絶対的な宝です。そして、毎日毎日、SNSを通じて、その情熱を伝えてくださっていることをとても嬉しく思います。この調子で頑張ってくださいね!