ストーリー タイムキーパーズ:アウロ・モンタナーリ

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その正体が謎に包まれていながらも、世界で最も影響力があると言われているウォッチコレクターとの貴重なインタビューをお届けします。

アウロ・モンタナーリなんて名前は聞いたことがないと思った方でも、ジョン・ゴールドバーガーという名前なら聞いたことがあるかもしれません。実は彼、プライバシーを守るとともに、ちょっとしたミステリアス感を演出するために、数年前からこのジョン・ゴールドバーガーという名前を使っているのです。

このスタイリッシュで謎めいたイタリア人は、これまで何十年もの間、時計の究極の権威として、また世界で最も希少で印象的なコレクションを持つ人物として、広く崇拝されてきました。2005年以降、彼は自分の知識を注ぎ込んだ書籍シリーズを別名で出版し、大成功を収めています。最新作『Time to Race』は、著名なモータースポーツ・ジャーナリストであるチェザーレ・マリア・マンヌッチとの共著で、モーターレーシングと時計が織り成す世界をグラフィックに描いています。

今回私たちは、モンタナーリに実際に会い、モーターレーシング黄金時代、SNS、ファックスで時計を購入することなどについて彼の意見を聞く幸運に恵まれました。

あなたが偉大なる時計学者であり、高い評価を受けているコレクターであることは、あなたの名著『Time to Race』によって多くの人に知られています。第2巻のプレビューをありがとうございます。

どういたしまして。『Time to Race』のパート II には随分力を入れてきました。来年末までには完成する予定です。

すでにかなりでき上ってきているので、今後の展開が楽しみです。あなたがどういった方であるかをあまりよく知らない読者のために、そもそもどういったきっかけで時計を蒐集することに興味を持たれるようになったのか、そしてどのようにして蒐集を始められたのかを教えて下さい。

1970年代、私の両親は美術品のコレクターで、とても優れた美術品を色々と集めていました。私も両親に連れられて、絨毯や古い絵画、家具などの骨董品展を見て回ったりもしたのですが、どうも面白くない。すると父が、時計を買い始めるのはどうかっていう素晴らしいアドバイスをしてくれたんです。当時はクオーツ全盛期で、非常に優れた機械式時計があちこちのフリーマーケットで売られていたので、お小遣いでコレクションを始めました。

あなたの最近の作品は、モータースポーツの黎明期から前世紀にわたって繰り広げられてきたモーターレーシングと時計の素晴らしい関係を探っています。なぜ、この2つの世界がつながっていると思われますか?

私にとって、前世紀に製造された工業製品で最も重要なものは、自動車と時計です。誰もがクルマを運転し、誰もが時計をしていました。私は幼い頃からクルマが大好きでした。チェザーレ・マリア・マンヌッチと出会ったのもそのためで、二人ともまだ子どもの頃でした。二人ともF1の大ファンで、毎日のようにマシンやドライバーのことを話し合っていました。そして今、このシリーズ本を作ることで、互いの友情をより強固なものにしています。

若い頃、レースにはよく行かれたんですか?

幼い頃は、モンテカルロのグランプリを見に行ったりしました。ボローニャの家からとても近いこともあり、イモラやムジェロのサーキットでもレースを見たりしました。レースには大いに情熱を燃やしましたね。

アウロ・モンタナーリ&チェーザレ・マリア・マンヌッチ、"Time to Race "の共著者

その頃の思い出のマシンはありますか?

70年代も終わろうとしている頃だったと思いますが、F1の黄金時代で、素晴らしいスポーツカーのプロトタイプが色々と発表されていました。ル・マンで出走する全てのマシンを見たときには、震えが来ましたね。フェラーリは512Sと312PB、ポルシェは917と908、フォードはGT40、それにマトラのスポーツカーがあって。ポルシェ911は名車でしたし、アストンマーティンも好きでした。でも当時乗っていたのはビートルです。

ホイヤーにとっても黄金時代でしたね。

ジャック・ホイヤーは、モーターレーシングにつぎ込んでいましたから。フェラーリと関係を持つようになったのは、すごい展開でした。それにホイヤーの時計はドライバーたちに大人気でしたし。人間工学に基づいた、読みやすいダイヤルで。

最初はモータースポーツの計時のために、そしてその後もちろん、かなり目にするようになったプレゼンテーションウォッチのためにも、ジャック・ホイヤーとエンツォ・フェラーリが関係を築いたことは、私たちにとって非常に幸運なことだったと思います。

そうですね。ジャック・ホイヤーがドライバーに贈ったゴールドの「カレラ」がたくさん見つかっていますし、本の中でも紹介されています。

ジャック・ホイヤー、ニキ・ラウダ、クレイ・レガツォーニ(ホイヤー カレラ1158)

ホイヤー カレラ1158CHN

そうしたドライバーや時計について、もう少し詳しく教えて頂けますか?

2冊目の本には60人ほどが登場しますが、そのうちの少なくとも11人がホイヤーの時計をしています。ジョン・バーナードは「ホイヤー チタン」、福澤幸雄は初期の「オータヴィア」、生沢徹はブラックの「モンツァ」、アンドレ・ロッテラーは「ホイヤー アウディ スポーツ」、バド・ムーアは「カレラ クーガー」、マービン・パンチは「オータヴィア “モーター エイジ”」、ジョン・ワトソンは「オータヴィア」、ジョディー・シェクターとクレイ・レガツォーニは「カマロ」、ティム・シェンケンとマウロ・フォルギエリはジャック・ホイヤーから贈られた18Kゴールドの「カレラ」といったように。ドライバーだけでなく、ル・マングランプリに登場する俳優もいます。

ご自身でレースに出られたことはあるんですか?

15歳のときに父がゴーカートを買ってくれたのですが、入学試験に落ちてしまったため、すぐに売り払われてしまいました() 。レーサーになるのが夢でした。私はクルマやクルマのデザインが大好きなのですが、これまではずっと時計にエネルギーを集中させてきました。もしかするとそれは間違いだったかもしれません。80年代には素晴らしいクルマが手頃な価格で手に入ったのに、今では不可能ですからね。

70年代がモーターレーシングの黄金時代だったとおっしゃいましたが、デザインに関してもお気に入りの時代ですか?

50年代から60年代にかけては、何をするのにも最高の時代でした。ファッション、家具、クルマ、時計とね。創造性を発揮するのに最高の時代であり、何においてもクオリティがめちゃくちゃ高かった時代でした。どの時代にも世界の中心となる都市がありますが、60年代は音楽でもファッションでもモーターレーシングでもロンドンでした。ロンドンの後、70年代になるとニューヨークがコンテンポラリーアートの中心になり、そして今は香港、上海、シンガポールが新しい秩序を築いています。80年代のベストコレクターは、イタリア人、アメリカ人、ドイツ人でした。今はアジアからの新世代が登場し、彼らはとても影響力があります。

あなたが時計の蒐集を始めた70年代から80年代にかけては、今とは市場が大きく異なっていましたか?

当時市場にはたくさんの時計が出回っていましたが、私には何の知識もなく、参考にする本もなく、インターネットもありませんでした。掘り出し物の時計を見つけ、それがどこのブランドのものであるかを発見するという点では、私がパイオニアです。容易なことではありませんでしたが、胸躍ることでした。今ではネットで検索すれば、ほとんどのものが詳細まで分かるようになっています。そして新しい世代のコレクターたちは、こうしたツールを上手く使いこなしています。

当時、モデルのデータベースのようなものを作ろうとしたことはありますか?

いいえ。80年代初頭に最初に出版された時計に関する書籍はドイツ語の本で、キャリバーのことがとてもよく書かれていて、技術的に非常に優れたものでした。その後、日本でも時計に関する書籍が何冊も出版され、イタリアもそれに続きました。でもイタリアで出た本は内容的には大したことありませんでしたね。

これから時計の蒐集を始めようと考えているコレクターにアドバイスをお願いします。? 

簡単なことですよ。流行などに惑わされず、自分の好きなものを買うこと。そして常に高い品質のものを買うということです。

今、ヴィンテージ市場には大きなチャンスがあると感じています。

時計は、20年ごとに持ち主が変わります。今、世界中でたくさんのコレクションが販売されているので、何かを手に入れるには絶好のタイミングですよ。

あなたのインスタグラムは、あなたがコレクションされている時計だけでなく、あなたの写真も紹介されていて、とても魅力的です。写真にも情熱を注いでいらっしゃるんですか?

インスタグラムも好きですし、写真も私が大いに情熱を注いでいるもののひとつです。若い頃、父が素晴らしいカメラを何台も持っていたので、とてもラッキーだったと思っています。以来、写真に夢中です。至高の時計を見つけるということ以上に、自分の写真がナショナルジオグラフィック誌に掲載されることが私の夢になっているくらいですから。

SNSは時計蒐集の世界に影響を与えていると思われますか?

問題はありますが、インターネットの民主主義的なところは良いことだと思います。多くの情報にアクセスできるようになり、それは市場にとっても良いことなので、誰にとっても良いことだと思います。

時計蒐集の世界は、よりローカルになっていると思われますか?それともよりグローバルになっているのでしょうか?

インターネットによって、間違いなくよりグローバルになっています。特にこのコロナ禍であった2年間は。80年代、アメリカにいる人が私に時計を見せたいと思っても、白黒の不鮮明なファックスしかなかったことを覚えています。それで時計が良いものかどうかを判断するのは至難のことでした。

ファックスを見るだけで時計を買われるんですか?

時にはそういうこともあります。

その頃には、何が良いか悪いかを判断する感覚が研ぎ澄まされてきていたんでしょうね。

私はフリーマーケットで多くのことを学びました。道具を使わずに、そうした場で多くの時計を見ていくと、どれをコレクションすべきか、何がレアなのかが分かってきます。フリーマーケットは私にとっていい学校でした。今でもしょっちゅう失敗してますよ。でも昔と比べると、今の方が失敗するとちょっと高くつきますね。でも、発見の醍醐味は今でもゾクゾクするものがあります。

まだまだ見つかっていない素晴らしい時計が隠れていると思いませんか? そうした時計を見つけ出すのを今でも楽しんでおられるのですか?

世界中にそうした時計が隠れているのは間違いありませんね。私は年を取りましたが、はい、まだ楽しんでいます。

時計蒐集のどのような点が一番楽しいですか? リサーチですか、それとも取引そのものですか?

リサーチは好きですね。私にとっては、時計を所有することよりも、発見することの方が重要なんです。数枚の写真を撮った後、時計は金庫に入れられます。

 

時計を売ったり、他の時計に買い替えたりするのはお好きですか?

他のブランドや他のニッチな分野に移行するたびに、自分のコレクションを縮小するようにしています。今は懐中時計に力を入れています。若い世代に対する私の夢は、彼らが再び懐中時計を使うようになってくれることです。手首に最先端のスマートウォッチをしていようと、ポケットに高性能なグランドコンプリケーションの懐中時計を忍ばせておくことができるはずだからです。懐中時計でスプリットセコンド機能やパーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーターの音色を楽しむことができる一方、手首のスマートウォッチでは、フィットネスや接続性といったあらゆる先端機能を利用することができるといったように。

 

その夢で、インタビューを締めくくりたいと思います。今回はインタビューをお受け頂き、本当にありがとうございました。

こちらこそ。ありがとうございました。