ストーリー 時間は伸縮自在:体内時計のコントロールを取り戻すには
6分
世界の様々な地域でロックダウンが解除され始める中、驚くべき速さで時間が蒸発してしまったかのような落ち着かない気分が多くの人の中に残っています。そんな、タイムワープのような経験は、不思議な感覚をもたらしました。最初、退屈な監禁生活が数ヶ月間にわたって続くだろうと聞かされたときに、それなら時間がこれまで以上にゆっくりと過ぎていくのだろうと予想していたにもかかわらず、振り返ってみると、その月日があっという間に過ぎてしまったように思えるのです。なぜでしょうか?
この特異な現象についての大規模な調査を行うにはまだ時期尚早かもしれませんが、時間心理学や知覚のいくつかの側面をよく見てみると、このような現象が起こる理由がいくつか見えてきます。さらに、この経験は、時間との関係をより良く理解し、その関係をより良いものにするための重要な対比をしっかりと教えてくれているようにも思えます。2022年は、今回とは違った視点で、そしてかつてないほどに“もっと”時間があったという感覚で、振り返れるようになって欲しいと願わない人はいないでしょう。
時間の流れを速くする(または遅くする) には ― 新しいものを受け入れる
私たちは、時間の経過を2つの方法で予測します。それが、プロスペクティブ(たった今、時間はどのくらいの速さで経過しているか?) とレトロスペクティブ(先週、あるいはこの1年、時間はどのくらいの速さで経過したか) です。ロックダウンの例を見ていきましょう。月日の境界線がぼやけることは、時間を認識する感覚に不可欠な新しく作り出される記憶が少なくなってしまうことを意味します。
記憶はどのくらい時間が経過したかを判断する材料になります。1週間の休暇で新しい場所に行き、慣れない体験ばかりした場合、その間、時間は早く過ぎていきます。しかし、家に戻ってみると、新たな思い出のおかげで、1週間以上自宅を留守にしていたような感覚になります。逆に、家の中などの動きのない環境に閉じ込められていると、毎日がゆっくりと過ぎていくように思えても、1週間のうちに新しく作り出される記憶はいつもより少なく、振り返ると時間が消えてしまった、あるいは時間が縮んだかのような気分になります。
では、どうすれば事後に「時間があっという間に過ぎ去ってしまった」と感じるのを防ぐことができるでしょうか。そのためには、新しい体験を探し求めるのです。わくわくするような活動に携わる、今まで行ったことのない場所を訪れてみる、知らない人たちと出会う ― こうしたこれまでにない状況をつくり出すことが、感覚や記憶を研ぎ澄まさせます。楽しければ楽しいほど、時間があっという間に過ぎてしまうかもしれませんが、レトロスペクティブな時間の認識は、広がっていきます。決まりきった日常にちょっと変化をつけてみる。例えば、通勤経路を変える、景色を変える、料理を変える、話題を変える…こうしたこと全てが、私たちのメンタルクロックを変えるカギになります。
時間の稼ぎ方 ― 気持ちを切り替える
ほとんどの人が、時間は直線的で、絶対的なものであり、常になくなるものだと考えがちですが、本当にそうでしょうか? そして、時間の経過をより心地良く感じられるよう、自分たちの認識をどう変えることができるのでしょうか? 神経科学者は、時間の経過を感知する脳内時計を1つも特定することができていませんが、実は人間は驚くほどこれを行うのが得意なのです。その結果、ほとんどの人が「時間がどのように機能するかなんて分かりきっている」と言うでしょう。つまり、時間は一定の測定可能な速度で、過去から未来へと決まった方向に向かって流れていく、と思っているはずです。
しかし、物理学では話が違います。どんなに強く時間は一方向だけに流れるものだと感じていようと、そうではないと主張する科学者もいます。前世紀、アルバート・アインシュタインの発見は、私たちの時間の概念を覆しました。彼は私たちに、時間は物によって作られ、宇宙の場所によって異なることを教えてくれました。彼は、時間は相対的なものであり、物体が速く動けば動くほど、時間はよりゆっくりと進むことも実証しました。
事象は決まった順序で起こるものではありません。ニュートン物理学でいうところの普遍的な“今”はひとつもありません。時間は常に過去、現在、未来にきれいに区分けされているわけではありません。物理学の方程式の中には、どちらの方向にも作用するものがあります。
これはつまり、人間の時間体験は頭の中で積極的に作られるものであり、記憶、集中力、感情、時間が何らかの形で空間の中にあるという感覚など、私たちが時間を認識する際には、さまざまな要素が関わっているという意味になります。
私たちの認識は科学に追いついていません。私たちは自分の持っている感覚を使ってしか、日常的な経験を作り出すことができないのです。ですから、時間に対する私たち固有の認識を変えることはできなくても、時間についての考え方を変えることはできるかもしれないし、その結果、時間の経過や自分自身についてより良く感じることもできるかもしれません。
“WEIRD”(Western 西洋の、Educated 教育を受けた、Industrial 工業化された、Rich 豊かな、Democratic 民主主義社会の) 文化では、自分自身を “時間的余裕がない” 人間だと認識しがちです。やりたいことを成し遂げたり、締め切りに間に合わせたりするだけの時間が1日に十分ないように思え、迷路の中のネズミのようにやみくもに走り回ってしまうことがあります。時間のプレッシャーによって、急ぎ足で歩いたり、運転するクルマのスピードを上げたり、パフォーマンスが損なわれたり、職場でのストレスが増したりします。”今”を生き、時を超えた感覚を体験するという考え方がこんなにもポピュラーになっていることも驚くには当たりません。
では、時間に対する心の持ち方をどう変えればいいのでしょうか? まず、自分の思考の中で使う言葉をシンプルに変えることから始められます。デジタル写真でズームインすることを想像してみてください。ズームインする前後で、同じ画像、何千もの極小のピクセルでできた同じ情報を見ているわけですが、ある部分をクローズアップして、かなり細かいところまで絞り込んでいくと、全体像が巨大なものに見えてきます。
神経言語プログラミング(NLP) は、アスリートや俳優、起業家、バイオハッカーなどが使用している心理学的アプローチです。この原理は、ある現実についての恒常的な思考を変えることで、その現実に対する認識を変えられることを示唆しています。時間がないという思いが続くと、感情にその色がついてしまいます。時間からよく連想する言葉や考えを調べてみましょう。例えば、「遅れている」「急がなくちゃ」「さっさとしてよ」「もっと時間が必要だ」「もう時間がない」「こんなことしている場合じゃない」などというようなことをいつも言ったりしていると、時間に囚われている、時間に支配されている、時間を奪われていると感じ始めるようになります。
積極思考をするようにしてみて下さい(これを“アファメーション”と呼ぶ人もいます) 。例えば、「私には十分な時間がある」「じっくり時間をかけてやればいいんだ」「急ぐ必要はない」「私は自分で自分の時間をコントロールするんだ」といった具合です。こういう風に考え、口にすることは、最初はぎこちなく、不自然に感じるかもしれませんが、それがNLPのマジックで、繰り返せば繰り返すほど、自分のものとなっていきます。 筋肉を鍛えたり、良い習慣を身につけたりするように、こうした思いを、より強く、より自然に、心の中で実行されるデフォルトの“プログラム”にするのです。
時間の流れを止めるには ― “ワォ”と思えるものを探す
セラピーはとても良いものです。ここで“とても良い”というのには、「ワォ!」と思えるほどの心からの感動の気持ちがこもっています。心の中を驚きや感動で満たしてくれる体験は、メンタルの健康を増進し、私たちをより良い人間にしてくれると、心理学者は主張します。この発見が“感動セラピー”へ期待を高めています。
感動とは、巨大で圧倒的なものに出会い、自分の精神的な視点が変わったときに感じる感情です。グランドキャニオンの息を呑むほどの絶景を堪能する、オーロラの幻想的な美しさを愉しむ、真っ暗な夜空にまばゆいばかりに煌めく満天の星に我を忘れる、といったものが例として挙げられるでしょう。最近の研究では、心を今この瞬間に固定することで、感動によって、認識している時間の経過が遅くなることも分かっています。
エジンバラ大学による研究は、“フラッシュバルブ記憶”と呼ばれるこのプロセスを動作させる生物学的メカニズムに新たに注目しました。マウスを使った研究では、注意を引く体験が脳の特定の領域を活性化し、ドーパミンなどの記憶を促進する神経伝達物質が放出される仕組みが明らかになりました。 その結果、脳が一時停止し、時間が止まるだけではなく、記憶の形成がよりうまくいくようになります。これはまた、(主観的に) より長い瞬間として、1日、1年を振り返ることができるようになるという意味でもあります。
瞬間を持続させるには ― 少し長めに見る
社会の中で人と関わり合う際には、アイコンタクトが重要な役割を果たします。互いに視線を合わせることで、相手と関わり、関心を持ち、気持ちを向けていることが示されます。では、なぜ私たちはほんの一瞬しか目を合わせないのでしょうか? 1つの仮説に、長時間(5秒以上) のアイコンタクトによって、気持ちがより覚醒されていくためだからだ、というものがあります。
ある研究で、長時間のアイコンタクトが時間の認識を狂わせるかどうかが調査されました。2人の被験者には、隣り合って座ってもらい、壁を見続ける、相手の横顔を見続ける、相手と目を合わせ続けるという3種類の動作をしながら、1分の経過を予想してもらいました。
その結果、視線を合わせたときの方が、相手の横顔を見たり、ただ隣に座って壁を見ていたときと比べて、1分だと思った時間がより長くなりました。
つまり結論は、相手と長く視線を合わせていると、時間がゆっくり進むように感じられるということになります。電車の中で見知らぬ人の目を見つめることはお勧めできませんが、恋人や友人、あるいは大切なペットであっても相手の目を見つめる(愛情を込めて下さいね) ことで、その瞬間を少しでも長く感じるようにすることは十分に可能です。
時間を使いこなすには ― KISS(Keep it Simple, Stupid:常に単純にしておけ) の原則
もし、こうした心理学が複雑すぎると感じたら(あるいは、心理学を理解するのにかける時間なんてない、と思われたら) 、作家のマット・ヘイグ氏の詩が語る近道を試してみてください。時を止めるには:キス。時を旅するには:読書。時から逃れるには:音楽。時を感じるには:執筆。時を解き放つには:呼吸。