スポーツ ハイパフォーマンス レースカー ドライバーのメディカルモニタリング

フランク・メイヤー医師インタビュー

8分

レーシングドライバーは、過酷な状況下で自分の限界に挑戦することで知られますが、その際には、身体にどんな負担がかかるのでしょうか。そして、レースに万全の態勢で臨むために彼らは何をしなければならないのでしょうか。そこで今回は、ドライバーたちがレースに向けてピークコンディションをキープするのを支えるフランク・メイヤー医師に話を伺いました。

メイヤー医師とポルシェとの関わり合いは20年に及びます。彼は整形外科医であり、ポツダムの大学外来クリニックのメディカルディレクターとして、スポーツ医学センターを運営しています。2021年のル・マンを前にポルシェチームをサポートするメイヤー医師の元を訪れ、世界最速のドライバーたちが、新しいエンジンのように快調に走り続けるために必要なことは何かをお聞きしました。

まずは、どんな役割を担っていらっしゃるかを簡単にご説明下さい。レーシングチームが医師を抱える主な目的を教えてください。

サーキットでの治療や相談に加えて、私たちは、年間を通して、ドライバーの健康状態全般を見守ることに重点を置いています。ドライバーたちは、少なくとも年に2回、私たちのクリニックに来院し、あらゆる基本的な健康面のチェックを受け、筋骨格や循環器系を調べ、トータルでの健康診断や運動などを行う、つまり、健康状態全般を監視し、維持するために必要なことであれば何でも行います。その上で、怪我をしないように、彼らのドライビングに支障をきたすことが起きないようアドバイスをしています。ドライバーには、運転中の腰や首への負担、飛行機や旅行による影響など、ドライバーにありがちな問題に対処するにはどうすればいいかを教えます。さらに、彼らと一緒にフィットネスプログラムも実施しています。ランニング、サイクリング、筋力トレーニング、体幹と四肢の感覚運動制御などです。こうした全ての分野において、私たちは科学的根拠に基づいたプログラムを開発し、20年近くにわたってポルシェとともに実行してきました。

ポルシェと一緒にこうした活動を行っている医師の人数を教えてください。

かなり大きなチームですね。世界に8人の理学療法士、3人の医師、2人のアスレティックコーチがいて、ファクトリードライバーやチームの相談に乗っています。私たちは定期的にお互いの情報や発見したことを共有し合い、できるだけ多くのレースに立ち会うようにしています。耳鼻咽喉科医のリンデマン先生や、私と同じ整形外科医のカッセル先生など、それぞれ専門分野が異なります。ドライバーがレースに参加できない理由として最も多いのが、呼吸器系や消化器系の感染症です。このため、筋骨格系の不調に加えて、こうした感染症の予防が私たち医師の最大の課題です。

フランク・メイヤー医師

« 通常は11月に診察を行いますが、これは、特別な治療や手術が必要になった場合に、クリスマスや年始の休暇などの間に回復できるようにするためです。 »

フランク・メイヤー医師

年間を通して、ドライバーとどの程度頻繁に会っているのでしょうか?

通常はシーズン終了後の11月や12月に彼らと会うのですが、これは、特別な治療や手術が必要になった場合に、クリスマスや年始の休暇などの間に回復できるようにするためです。この時期はまた、基礎訓練のための重要な時期でもあり、シーズンを通して頑張れるよう少しでも運動して基礎体力を上げておけば、転戦中はそれを維持するだけで良くなります。健康上の問題以外にも、チームのコーチやトレーナーは、年に3、4回、直接彼らと関わっています。また、フィジカルトレーニングやメディカルコンサルティングなどのオンラインセッションも行っています。しかし、最も重要なことは、ドライバーを教育し、彼らに自分で何をしなければならないかを知ってもらうことです。

ドライバー専用の運動などはありますか?

それぞれの分野で、いくつかの重要なポイントがあると思います。私たちは、ドライバーがマシンの座席に座っている間、脚の協調性を維持しながら、身体の安定性と敏捷性を最大限に高めるためのプログラムを開発しました。例え、自分の体型に合わせてカスタマイズされたシートに座っていたとしても、ドライバーは身体の座りを良くする、つまり体幹を安定させなければなりません。そのため、こうした部分の筋力テストに関連して、体幹を鍛える運動を多く行っています。さらに、背骨の安定性と運動制御にも力を入れています。これは、腰や首にかかるGフォースや振動によるオーバーユースの怪我が多いためです。

ドライバーに多いのは、腰や首の怪我でしょうか?

はい。マシンにおける外力はほとんどが突発的で予測不能な摂動、つまり、かなり高い外からの負荷がかかった場合にそれを受け止めなければならない時の身体の突然の反応であるため、この分野では多くの問題を抱えています。このような状況が24時間に渡って何度も起こったり、繰り返されると、筋肉が疲れてしまい、負荷を受け止めることができないリスクやオーバーユースの危険性が高まります。しかし、特別にカスタマイズされたトレーニングプログラムを行うことで、負荷を受け止める能力を最適化することが可能になります。また、マシンを駆っている時間が長いためや、暑い天候状態で、水分不足になっている場合など、心肺機能や代謝機能が低下している状態も見られます。このため、ヘルスモニタリングのもう一つの焦点が、基礎持久力の向上に当てられています。基本的なレベルがかなり高ければ、回復力が高まり、免疫システムにも対応でき、よく眠れ、何か体調にトラブルがあっても身体が耐えられるようになります。カロリーとエネルギーの摂取量を維持しながら体重をモニターすることも課題となっているので、ドライバーと一緒にバランスのとれた食事に取り組んでいます。

スペイン・アラゴンでのル・マンに向けたチーム ポルシェの練習風景

ドライバーはどのような食事をしているのでしょうか? 彼らの栄養面に対してあなたはどんな役割を果たしているの教えてください。それは、それぞれのドライバーによって異なるものなのでしょうか。

目標の一つが、ドライバーの個々のニーズに合わせて食事を調整する、というものです。彼らの通常の食事や睡眠の習慣を考慮し、定期的に体格測定を行い、ドライバーごとに、それぞれのニーズに合わせたプログラムを作成します。更にドライバーは、年に2回、チームの栄養士から具体的なアドバイスを受けます。ドライバーに必要なことは、マシンを駆ることに関連するものだけでなく、マシンを運転していない時に彼らが行う運動によっても大きく異なります。アスリートは、トレーニングで必要なエネルギー量に応じて炭水化物を摂取する必要がありますが、炭水化物を全て燃焼させないと体重が増えてしまい、それはレースカーのドライバーとしては歓迎されざる事態です。そこで最も重要になるのが、炭水化物、たんぱく質、脂肪のバランスをどのようにとればいいか、つまり、私たちが「マクロ栄養素」と呼ぶところのものを彼らに指導することになります。

と言うことは、ドライバーにこれを食べなさいと具体的に教えるわけではないのですね。

ドライバーは1年のほとんどを遠征で過ごしているので、何を食べ、何を飲むべきかを自分できちんと把握していなければなりません。合宿などでは、もっと深く関わって、どうすればいいかをサポートしたり、食事の要望をホテルに伝えたりすることもありますが、サーキットで定期的にそういったことをすることはありません。通常の教育をベースに、ビュッフェでは何を食べるかドライバーが自分で選択することになりますが、気が付けば、可能な限りその場でアドバイスするようにしています。ドライバーの中には、バランスのとれた食事をしていれば食事内容を気にする必要がないと考えている選手もいれば、水分不足や胃腸の調子が悪いなど、食事の内容に敏感な人もいることを考慮しているので、システムは非常にうまく機能しています。

特にドライバーが摂取すべきビタミンやサプリメントはありますか?

マクロ栄養素がきちんとバランス良くとれていて、十分な水分が摂取されていれば、ビタミンレベルも良好であることが普通です。バランスのとれた食事をしていれば、通常はサプリメントも必要ありません。普段の食事から必要な栄養素を全て摂取することが望ましいです。そこで私たちは、バランスのとれた食事とは何か、暑さの非常に厳しい国でのレースの場合に、失われた水分をどのように補給すればいいかなどをドライバーたちに教えています。水分や電解質を補給し、常に潤っている状態をキープしなければなりません。とは言うものの、医学的な理由から栄養不足であることが明らかで、そう診断された場合には、サプリメントの摂取を検討します。

« マシンを運転しているときよりも、ランニングやサイクリングをしているときのほうが、より多く炭水化物を消費し、燃焼させることができます。 »

フランク・メイヤー医師

レースの種類によって、食事に必要とされる条件は異なるのでしょうか? 例えば、耐久レースの場合など。

ええ、違いますね。炭水化物の摂取量はレースの種類によって異なることがあるかもしれませんが、主にサーキット以外の場所で行う一般的な運動量に左右されると思います。マシンを運転しているときよりも、ランニングやサイクリングをしているときのほうが、より多く炭水化物を消費し、燃焼させることができます。

年長のドライバーと若いドライバーで、提供された情報の使い方に違いはありますか?

20年間ポルシェと一緒に仕事をしてきて、一貫したプログラムを開発できたのは幸運でした。ドライバーのほとんどが数年来のチームメンバーであるため、メディカル面での知識も増えていき、トレーニング経験も豊富です。若い選手たちも自分を高めようと必死になっているので、どんなアドバイスにも耳を傾けてくれます。キャリアの初期段階から彼らと一緒に取り組めるのは、とても楽しく、興味深いものですが、同時に要求も厳しくなります。

スペイン・アラゴンでのル・マンに向けたチーム ポルシェの練習風景

あなたが見ているのは、フィジカルの健康面のみになりますか? ドライバーたちはどのようにしてメンタルヘルスを管理しているのでしょうか。

私たちはフィジカルの専門家なので、メンタルの分野の知識はそれほど多くありませんが、ドライバーにはメンタルヘルスのトレーニングも行われています。彼らを担当する優秀なメンタルヘルスの専門家もいます。メディカルチームの目標は、ドライバーが運転する必要があるときにはいつでも、何の制限もなく身体が動かせるようにする、というものです。それが私たちの目指していることです。

ドライバーとの関わり合いは、他のスポーツの場合と異なりますか? ドライバーは、他のアスリートと同じように、自分自身の健康を維持し、体調を管理しなければならないのでしょうか?

私たちは、ナショナルチームやオリンピック選手など、さまざまなスポーツの数多くのアスリートを見てきました。レースカーの運転に求められるものが他のスポーツとは異なるとしても、ドライバーもプロのアスリートとして、スポーツ特有の問題やハイパフォーマンススポーツにおけるメディカル面の課題を考慮に入れながら、健康を維持し、体調を管理しなければなりません。一例として、運動や食事、基本的な衛生管理によって反復性のある感染症を防ぐことが挙げられます。コロナによるものだけではなく、特に世界各地を転戦する際には常に注意が必要です。

スペイン・アラゴンでのル・マンに向けたチーム ポルシェの練習風景

クラッシュなどで大怪我をして、かなりのリハビリを必要とするドライバーに対処しなければならなかったこともありますか?

これまで何件かの事故を経験しましたが、そのほとんどが一般的な筋骨格のリハビリを必要とする程度のものでした。肘や膝の骨折、背骨の骨折などもありました。このような場合、ドライバーは、通常のスポーツ選手の患者と同様に個別に用意された治療を受け、専門家による高度なリハビリプログラムを受けなければなりません。

私たちは今、ル・マンのポルシェ ガレージで話をしています。このようなレースの前に、ドライバーと一緒に何か特別なことをしたりされるのでしょうか?

ル・マンは実に長い週、長いレースです。通常、ドライバーは全員、初日に理学療法士と私たち医師の1人による診察を受けます。ですから、最初のプラクティスセッションまでに、ドライバーをできる限りベストコンディションにするために自分たちにできる限りのことを行い、それを維持するようにしています。さらに、通常ル・マンの1 – 2週間前に徹底的な健康診断も行われます。少しでも問題が見つかれば、すぐに対応して、ドライバーをサポートします。

この20年の間に、あなたが担当されている分野ではどのような大きな進展がありましたか?

全体的に、レースカーを運転する際のメディカルケアやコンサルテーションが、より個別化され、専門化されるようになりました。レースカードライバーはプロのアスリートですから、メディカルモニタリングの重要性も増しています。さらに、ドライバーがマシンの中で過ごす時間も増えています。彼らは実に厳しいスケジュールをこなし、あちらこちらを転戦し、様々な約束事を果たさなければなりません。そのため、できる限り健康でありたいというニーズが年々高まっています。彼らは、他のスポーツと同様、プロのアスリートとしての高い意識を持って行動しています。

有酸素運動や炭水化物の話をもっとお聞きしたかったのですが、残念ながらここでこのインタビューを終わらせなければなりません。メイヤー医師は、冷静沈着で、知識豊富な影響力のある人物であり、特に自分を耐久力の限界まで追い込んでいる場合には、絶対にチームにいて欲しい存在です。メイヤー医師の話を伺ったことで、私たちはレーシングカードライバーへのリスペクトの念を新たにしました。次回のレース観戦の際や、もしかして運転席に座る際(笑) には、先生のアドバイスを参考にしたいと思います。