サヴォワールフェール Collected, Vol. 3
14分
伝説的な(そして決定的な) ヴィンテージ ホイヤー タイムピースのオンラインデータベース「OnTheDash」の創設者であるジェフ・スタイン氏は、ホイヤーにとってのヒーローであり、ブランドの歴史に精通したまさに生き字引のような存在であると同時に、人も羨む希少で魅惑的な時計の宝庫を所有する人物でもあります。 一方、インスタセレブのフレッド・マンデルバウム氏(アカウント名:@watchfred) は、ヴィンテージウォッチ愛好家が憧れるスター。ここで「コレクター」ではなく「愛好家」という表現を選択している点にご注意下さい。それは、マンデルバウム氏が 単なるコレクターではないからです。読み進めていただければすぐにお分かりになるでしょう。
フレッド:準備はできていますよ。コーヒーを注文したところです。
ジェフ:ここアトランタでも、とりあえずまずは飲み物を。私にはダイエットコークを!
The Edge:フレッドは何のコーヒーを注文しましたか? エスプレッソ派ですか?
フレッド:リストレットです。
The Edge:さすが通が選ぶものは違いますね! カフェインが身体を巡って元気が出たところで、最初の質問はもちろん、腕を上げて頂いて、今、両手首にどの時計を着用されているかを教えていただけますか。
フレッド:ジェフ、あなたからどうぞ。
ジェフ:ちょっと驚かれると思います。私は、主に1935年から1970年代にかけてのヴィンテージ ホイヤーやクロノグラフ、機械式時計のコレクターとして知られていると思うのですが、今日着用しているのは1989年のクオーツ式タグ・ホイヤー ウォッチです。最近、80年代から90年代のホイヤー ダイバーズウォッチに興味を持つようになったんです。eBayなどで400ドルから1,000ドル程度で頻繁に取引されているので、こうした時計を見下すコレクターが多いのですが、私は、ホイヤーとタグ・ホイヤーとの間のギャップを埋める興味深い時代のものだと考えています。身に着けるのも楽しいし、手頃な価格で購入でき、信頼性が高く、カラーバリエーションも豊富です。クオーツウォッチはどうも気に入らないという人もいますが、私はここ数ヶ月で真剣に興味を持つようになりました。
The Edge:その時計で海中に潜ったことは? アトランタでのダイビングはどんな感じですか?
ジェフ:いやいや、私が水に触れるのは、シャワーを浴びる時くらいですよ(笑)
The Edge:でも、シャワーを浴びている間も何の問題もなかったんですよね。
ジェフ:もちろんです。極めて正確で、信頼できます。
The Edge:フレッド、あなたが今着用しているのは?
フレッド:今日の私の時計はジェフに当ててもらいましょう。
ジェフ:ブラックダイヤルのゴールド製トリプルカレンダークロノグラフとか?
フレッド:ええ、その通りです。これにはちょっと訳がありまして。この時計こそが数年前ジェフと私が交流を始めるきっかけとなったものなんです。決して唯一無二とまでは言えませんが、今までのところ、このモデルのブラックダイヤルのバージョンでは、これがコレクターに存在を知られている唯一のものです。極めてレアなタイムピースです。この時計について互いに調べていたんですよ。そして、この時計から生まれたのが、私たち二人が何千マイルと離れたところで暮らしていても、本当に親しいと思える友情であると考えています。連絡を取り合わない日はほとんどないほど本当に親しい友人になりました。その友情を始めてくれたのが、この時計だったというわけです。ですから、ホイヤーの歴史にとってだけでなく、ジェフと私との友情にとってもある意味重要な時計なのです。
The Gold Triple Calendar chronograph that Fred wears, with a black dial.
The Edge:時計が理想的な出会いを生んだわけですね。そこで、お二人にお聞きしたかった最初の質問ですが、フレッド、あなたのプロとしてのキャリアは電子工学、コンピュータ技術から始まりましたが、時計の魅力は機械的でアナログなところだといつもおっしゃっていますよね。そして、あなたはオンラインでご自分のコレクションをカタログ化することで有名です。ジェフにしても同様に、「OnTheDash」は、ヴィンテージ ホイヤー ウォッチをオンラインで確認できる並ぶもののない最高のデータベースです。 本当の意味での並外れた偉業ですよね。お二人の中で共に昔ながらのものを大切にする気持ちとインターネットが交差していることを前提に、インターネット時代の時計蒐集についてお話を伺いたいと思います。インターネットの普及により、市場やコレクション体験はどのように変わりましたか? 誰もがGoogleアラートを設定することができる世界において、コレクションの場が平準化されつつあることは、民主的なことだと思いますか?それとも追跡するスリルを減じるものだと思いますか? ジェフからお答え頂けますか?
ジェフ:分かりました。興味深い点ですよね。私がeBayに登録して最初のホイヤーウォッチであるホイヤーのダッシュタイマーを手に入れたのは1998年後半のこと。「OnTheDash」を立ち上げたのは2003年です。いつも聞かれるのが、「『OnTheDash』をいつ立ち上げたのか?」「どのように宣伝したのか?」 「どうやってコネを作ったのか?」といったことで、その答えは、とても興味深いものになると思います。eBayがスタートしたばかりの頃は、落札者や他の入札者のメールアドレスを取得したりして、どんな人たちが関わっているのかを知ることができました。それで大体1998年から2003年までの間に、ホイヤーの時計のeBay入札者でディスカッションが交わされるうちに、コミュニティが形成されたわけです。私が2003年に「OnTheDash」を立ち上げた時、80人ほどのメールアドレスを持っていました。その人たちこそがこのコミュニティを作り上げていたのです。全員がeBayで時計の入札を行った人たちでした。
何が面白かったかというと、ここで次々に発展していく段階を目の当たりにできたことです。先ず、メールで始まり、次にディスカッションフォーラムが立ち上がりました。今では、売ったり、買ったり、チャットをしたりする場がフェイスブックやインスタグラムになっています。最近では、私たちのコミュニティのメンバーのほとんどが、eBayよりもインスタグラムの友達との間で時計を売り買いしているのではないでしょうか。フレッドの世代がどのように蒐集しているのか気になるところですが、本当に劇的に変わっていますよね。また5年後、私たちがどのようにコミュニケーションを取り、時計を売買したり、チャットをしたりしているのか、と考えると、面白いですよね。
The Edge:本当にわくわくしますね。あなたにとっては、ある意味、インターネットのおかげで、コレクターの集団をより明確に把握できるようになったということですね。インターネットが活用されるようになる前にはなし得なかった方法でネットワークを実現したわけですよね。
ジェフ:その通り。本当に。私がクロノグラフに入札すると、そのオークションでは、他の入札者の動きも知ることができたので、もし@theedgeさんが入札していたら、彼がこの時計に1,200ドルを支払うことになるだろうということが分かったんです。そして、@fred418さんが入札していたら、それを落札するために彼がいくらでも払ってしまうのではないかと心配したわけです。
A TAG Heuer 3000 series from Jeff's personal collection.
The Edge:ちょっとプライベートかもしれませんが、eBayでのあなたのユーザー名をうかがっても?
ジェフ:JMSteinです。
The Edge:やはり上品ですね。素敵です。
ジェフ:シンプルにしただけですよ(笑) フレッド、君の世代の意見に興味があるのだけれど。
フレッド:私がSNSを始めた頃は、私が投稿しているものに興味を持ってくれている人が100人位はいるのではないかと考えていました。それが私の最初の目標でした。最初は、果たしてフォロワー数100人に到達できるのだろうかとも思いました。[因みに彼の現在のインスタグラムのフォロワー数は54,500人] でも、すぐに願いが叶う環境は素晴らしいとは思いますが、皆で意見交換しながら知識を増やしていけたフォーラムの時代を心から懐かしく思ったりもしています。本当に人が集まって、何年もかけて知識ベースを確立していったんですよ。インターネットが普及するまでは、情報源は本しかありませんでしたから。そして認めなければならないのは、そうした本の多くが間違いだらけだったということです。どこかである人が自分は本物を知っていると決めつけていただけで、必ずしもそれが正しいとは限らなかったんです! でも、このフォーラムの時代には、一緒に学んでいこうとする、モチベーションと関心の高い多くの人たちが集まっていました。
最近では、極めてポジティブでフレンドリーなSNSのコミュニティができて、活性化しいます。一方フォーラムでは問題が発生したり、時にはネット荒らしがあったり、自分では何を言っているのか分かっていないくせに何でも知っていると主張する人がいたりしました。それでも、今でも頼りになる知識ベースが構築されたのは当時のことなのです。それが、ここ2、3年でしょうか。フォーラムのトラフィックが劇的に減少しました。今は何でもSNSです。心配なのは検索性です。SNSにはない機能ですから。インスタグラムで何かを検索しようとしてもうまくいきません。ジェフも同じ考えではないかと思うんですが。
ジェフ:その通りですね。昔はディスカッションフォーラムを開設すると、200~300件の書き込みがありました。今はうまく行っても20件とか30件程度で、それはインスタグラムやフェイスブックの方が簡単だからなんです。すぐにアップできるし、手軽だし。誰もがスマホを持っていて、投稿していますが、私もフレッドと同じように当時を懐かしんでいます。12年前に誰かが面白い情報を書き込んだら、ディスカッションフォーラムでそれを見つけることができました。でもSNSではそれができません。
The Edge:もしかしたら、あなたが言ったように、それが5年後にまた繰り返されることの一つになるかもしれません。つまり、フォーラムライフの中で成長していた仲間同士のコミュニティの知識ベースが失われないような形にSNSが移行していくかもれしない。
フレッド:その可能性はありますよね。ジェフは今も書き込みをしていますから(笑)。でも私の場合は、見つけた新しい情報のうち書き込むのは10%程度で、残りは再度訪れることもないであろうフェイスブックやインスタグラムのディスカッションのどこかに消えてしまい、学んだことも忘れてしまうといった感じです。ですから、フォーラムでもプラットフォームでもこの二つを組み合わせたものがあったらいいのにと思っています。今もっているアイデアは、ジェフも同意してくれると思うのですが、知識をクラウドソーシングするということで、これが可能な最善の方法だと思っています。ジェフのような人たちから実に多くのことを学んできましたから。
The Edge:本当に。ジェフ、「OnTheDash」には貴重な特ダネ情報がありますよね。インターネットの検索機能と知識共有についてお話を伺ってきましたが、フォーラムを通してまさに“啓示の瞬間”だったと思えるような体験はありましたか?
ジェフ:2回ほどあったと思います。ちょっとおかしく聞こえるかもしれませんが、一回目は宇宙飛行士のジョン・グレン氏、二回目はバラク・オバマ氏に関係しています。2006年だったと思います。どこのフォーラムだったかは忘れましたが、誰かが「今、サンディエゴにいて、航空宇宙博物館に行ってきた」と書き込んでいたんです。NASAのメインの博物館とは異なり、小さなサテライト博物館が投稿されていました。でも「ジョン・グレンのストップウォッチを見た」と書かれていたのです。「あれはおそらくホイヤーの時計だ。ということは、初めて宇宙に行ったホイヤーということかな?」と。こんな風に、フォーラムではみんな本当に気楽に疑問を投稿するんです。それで私は、このストップウォッチのことを何日もかけて調べる羽目になったわけですが(笑)。
The Edge:それからすぐに飛行機に乗って?
ジェフ:NASAの資料室に直行して、全ての宇宙飛行士の何百枚もの高解像度画像に目を通し、投稿者が正しかったという事実を確認しました。ジョン・グレン氏は宇宙飛行の際にホイヤーを着用していたのです。 NASAから支給されたものではなく、おそらく地元の宝石店かスポーツ用品店に行って時計を購入し、4時間の飛行の際に手首に装着していたのではないでしょうか。タグ・ホイヤーは「初めて宇宙に行ったストップウォッチ」とか「初めて宇宙に行ったスイス時計」といったキャンペーンなどは、もちろんやっていませんので。その座はオメガに譲っていますから。しかし、ジョン・グレン氏のホイヤーが実は宇宙に行った最初のスイス時計だったというのは感動的な発見でした。
The Edge:信じられません…
Astronaut John Glenn simulated flight training
ジェフ:そしてもう一つの大きな出来事が、2009年の夏にタグ・ホイヤーの誰かが私に連絡をしてきて、「バラク・オバマ氏がタグ・ホイヤーの時計を着けていると思うんだけど」と言ったことです。この時にも同じように調査を開始しました。当時彼は大統領候補でしたが、最有力候補であるかどうかもまだ定かではありませんでした。オバマ氏かヒラリー・クリントン氏かで争っている時でした。しかし、電話の情報は間違いではありませんでした。オバマ氏は90年代初頭からタグ・ホイヤー 1500シリーズのダイバーズウォッチを着用していました。そこで今回もまた、オバマ氏の時計を特定し、そのいきさつを知るため、保管されている写真を夜ごと調べたのです。この趣味の世界に入って20年経った今でも、新たに発見する情報はたくさんあります。
The Edge:そうやって手掛かりを得ると、思わず身体が反応してしまうのでしょうか? 胸の鼓動も高鳴ってきて。辿るべき糸の始まりを手にした時の気持ちを教えていただけますか?
ジェフ:アドレナリンが放出されテンションが上がり、やり終えた後には疲労困憊してバタンキューです。ゲッティイメージズやホワイトハウスのフリッカーサイトでいったい何枚のオバマ氏の写真をチェックしたと思います? タグ・ホイヤーの時計がはっきり写っているオバマ氏やジョン・グレン氏の写真が見つかるよう祈りながら、ただひたすらクリックしていきました。でももちろん、この仕事は楽しかったですよ。好きなことに打ち込んでいる時は、寝食を忘れてしまいますからね。
The Edge:いいですね。
フレッド:時にはジョン・グレン氏の手首に ブライトリングの時計があるのを発見したりして(笑)。
ジェフ:本当にそうです。調べていくうちに、どんなことにつながっていくかは全く分かりませんから。
フレッド:ブライトリングには、ジャック・ホイヤー氏のような歴史の生き証人がいませんでした。なのでアーカイブを調査し、アメリカの販売店などの名前や初期の経営者などを調べていくしかなかったわけです。すると1940年代にセールスマネージャーをしていたジャック・カラシックという人の名前が出てきました。そこで調査を開始し、彼の息子さん、娘さん、お孫さんを見つけ出しました。そして、彼らの家の屋根裏部屋にでも何か古い資料がしまい込まれているのではないかと期待をしたんです。調査を開始したものの、実に大変でした。全くの失敗で。全米中のカラシックさんに手紙を書き、電話をかけ、留守電にメッセージを残しましたが、誰からも返事はありませんでした。それでここアトランタにいる友人のジェフに聞いてみたんです。探していた男性の家族がニュージャージーに住んでいることが分かったので、「そこに知り合いはいる?」とジェフに尋ねたんです。すると彼は「ああ、実は息子の嫁がその街の出身だから、聞いてみるよ」と言ってくれたんです。
ついに、1940年代のあのブライトリングのセールスマネージャーの息子さんが、ジェフのお嫁さんの実家の隣に住んでいることが判明しました。お隣さん同士だったんですよ。しかも話はこれで終わりませんでした。屋根裏部屋に資料がしまい込まれているのではないかという話どころではなかったのです。なんと、セールスマネージャーであり、当時ブライトリング・アメリカの社長でもあった本人が97歳でまだ健在だったんです! それから5週間後にニューヨークに住んでいた彼に会うことができました。ニューヨークまで飛行機で行き、彼が保管していた資料を見せてもらい、あらゆることに関する彼の思い出話を聞かせてもらいました。その中にはジャック・ホイヤーのこともありましたよ。ですから、これも確かに啓示の瞬間でした。
The Edge:これもお二人の友情を深めた出来事でしたね。貴重なつながりですよね。何度も聞かれた質問だと思いますが、どういったきっかけで時計のコレクションを始められたんですか? コレクションや時計に関わることがあなたの人生にとって重要だと悟った決定的な瞬間はいつでしたか?
ジェフ:私の場合、始まりはクルマでした。カリフォルニア州モントレーのヴィンテージカーレースに夏の間、何度か参加したのです。そして1996年のことでしたが、サーキットのパドックのあたりを歩いていると、そこに様々な人たちが店を出していて、アートを売ったり、本を売ったりしていました。そして、時計を売っていた小さな店に入ったのですが、そこにホイヤーのダッシュボードタイマーであるラリーマスターが一組置かれていたんです。手に取って、じっくり見て、あれこれいじって、時計を巻いて、少し振ってみました。そうしているうちに、その時計の美しさにすっかり魅了されてしまいました。スタイルもデザインも私の目には完璧なものに見えました。感触も、つくりも、すべてが申し分ありませんでした。これがレースカーのダッシュボードに使われていたと聞いて、信じられませんでした。クロノグラフに興味を持つようになったのは、それから4~5年経ってからのことでしたが、この時は確かに「あぁ」と思った瞬間でした。
The Edge:その時に時計は購入されたのですか?
ジェフ:最初のダッシュタイマーをですか? いいえ、とんでもありません。どうかしてるんじゃないかと思いましたから。1,200ドルの値がついていて。90年代当時は大金ですよ。最初に買ったのは1998年11月に南米からeBayに出品されたものです。今もまだ持っています。スーパーオータヴィア ダッシュボードタイマーで、ご推察のとおり、eBay経由ではるばるブラジルから送られてきました。箱を開けて、巻いてみましたが、何も起こりませんでした。壊れていたんです。ピクリともしませんでした。それで、やれやれ、この趣味にはとんでもない危険が潜んでいるようだぞ、と思ったわけです(笑)。私は時計をブラジルのその見知らぬ人に送り返しました。その時点で、時計も私が支払ったお金も彼の手元にありました。すると彼は、時計を修理して送り返してくれたんです。こうしてその時計は今も私のコレクションの中にあります。始まりはこんな具合でした。
The Edge:フレッド、あなたの場合は?
フレッド:もしかしたら、今は特にSNSやインスタグラムがあるので、朝目が覚めて「よし、これから時計のコレクターになるぞ!」と決心する人たちもいるかもしれませんね。でも昔はそうはいきませんでした。私は、1980年代に製造工程の計時を行うためのビジネスツールとしてクロノグラフを使っていました。あなたが言ったように、私は電子機器に囲まれていたので、むしろ機械式時計に惹かれました。好奇心が旺盛だったので、多くの資料を読み始め、時計に興味を持つようになり、さらにそれを調べ、技術革新や技術開発の関連する工程などを研究するようになりました。すると、時計に関する本が十分には出版されていないことが分かりました。資料室などを訪れ、勉強を始め、見本となる時計をここそこで購入するようになりました。そのうちに、ふと気がつくと時計の勉強にかなりの時間を費やしていて、「あれ、僕は今時計のコレクターなのかもしれない」と思うようになったのです。そんな風にして「起こった」ことなのです。
The Super Autavia bought by Jeff in November 1998 in South America.
The Edge:お二人とも、資料室などに行き、歴史を入念に調べるという極めて厳格なアプローチを取られています。純粋な時計の観点から、今ご存じのことに基づくと、どの年代を追体験したいですか? もし、もう一度その時代に戻れるなら、新品を買ったりできると思うのですが、時計の観点だけで考えると、フレッド、いかがでしょう?
フレッド:正直に言うと、技術的なピークは1969年でした。その後は全て、この時代に関連するイノベーションを継続しているだけです。ですからクロノグラフの場合、決定的な時代というのは、実は、1920年代後半から1960年代後半までなのです。そして、40年代、50年代、60年代と、それぞれの時代に、非常に異なるデザイン、異なる時計が登場しました。例えば50年代はまさにダイバーズウォッチの時代です。海底の静かな世界への関心が熱狂的に高まったのは海洋学者のクストーがきっかけでした。そして60年代になると、カーレースなどが盛んに行われるようになって、ツールとしてのクロノグラフに注目が戻ってきます。選ぶ必要がなければ、私はこうした時代すべてが好きです。こうした各十年間のそれぞれで、現在までの時計業界を代表するアイコンが誕生しています。
ジェフ:フレッド、君は質問に答える以外は全て説明してくれたけど。
フレッド:つまり私は全ての時代を追体験したいんですよ(笑) 。
ジェフ:でも、一つの時代を選べと言われてるんだよ。
The Edge:10年単位でお聞きしているので。とても範囲が広いと思うのですが。
フレッド:分かりましたよ、ジェフ。ジャック・ホイヤー氏が時計の売り方を改革して、F1と関わるようになったということで、あなたは60年代を選ぶでしょうから、私は1940年代を選ぶことにしますよ。それでいいですか?
ジェフ:OK。自分の答えを言うだけでなく、私の分も答えてくれた。その通りです。60年代、私はまだ子供でした。1955年生まれですから。ケネディ大統領が撃たれたと聞いた時、どこに立っていたか覚えています。人類初の月面着陸もテレビで見ていましたし、60年代の学生の抗議行動、音楽、色、革命といったものも覚えています。だから、もちろんフレッドの言う通りです。ホイヤーのケースが、1962年のオータヴィアから1969年の自動巻クロノグラフへとどのように変遷していったかをこの目で是非実際に見たいですね。リアルタイムで見守りたいです。これは簡単な方の答え。もう一つの答えは、フレッドと重なります。1935年から1945年にも行ってみたいと思います。この10年は、ホイヤーが数点のクロノグラフからフルカタログのブランドへと成長し、ムーブメントも1セットから5、6、7セットへと増えていき、2レジスタから3レジスタ、カレンダー、ムーンフェイズへと発展していった時期です。だから1935年から1945年も是非この目で見てみたい。ホイヤーのカタログが作られるようになった時代を。
The Edge:フレッド、あなたのインタビューを読んだのですが、何本の時計を持っているかと聞くのはおかしな質問だと言っていましたね。例え200本持っていようと、その全てが良い時計ではないかもしれないからだと言う理由で。コレクションのスタイルと、自分の好きな時計のスタイルというのは、おもしろい観点だと思います。時間をかけて技が磨かれていく画家の筆遣いを思わせますね。お二人のうちのどちらかにご自分のスタイルについてお話し願えればと思うのですが。お二人ともクロノグラフをこよなく愛しているのはもちろんですが、それ以上に、お二人が特に惹かれる時計に共通点はありますか? フレッド、あなたから始めてもらえますか?
フレッド:ええ、実はあるんですよ。私がこだわるのは、「その時計がもつ関連性は何か?」「市場全体にどのような影響を与えたのか?」「どこか傑出している点はあるのか?」といった点です。実際に私がコレクションで気にするようにしているのもこうした点です。私には特に自分が興味を持っているテーマがあり、例えば軍用航空クロノグラフなどがその一例で、この分野に関しては、関わりのある実例となる時計を全てコレクションしたいと考えています。でも、ここでの重要な点は、時計を探したと思わせる全てのものの中で“希少性”は、実のところ該当するポイントの中で最低のものだということです。それよりもはるかに重要な要素が「なぜこの時計が業界全体にとって重要な時計になるのか」ということです。
A TAG Heuer Autavia from the 1960s from Fred's personal collection.
The Edge:つまり、美学というよりも歴史的関連性とか人類学的関連性ということの方が重要だと言うことですね。
フレッド:ええ。
The Edge:ジェフ、あなたにとっても同じように特定の関連性を追求するということなんでしょうか。あなたが求めている美的要素はありますか?
ジェフ:私の美的感覚では、2つの点が挙げられると思います。私の美学によると、視認性が高く、頑丈で、ツールとしての時計を選びがちです。例えば前に話したダッシュボードのタイマーのように、しっかりとしたつくりで堅牢で、酷使されることを想定しているものがいいですね。視認性や扱いやすい時計というのも、私にとって常に重要なポイントです。私のコレクションに共通するテーマという意味では、もう22年もやっていますから。自分の好みやスタイルを進化させることが大切だと思います。コレクションを始めたばかりの頃は、ある種の時計ばかりを選ぶ傾向がありました。例えばRef. 1163のオータヴィアであれば、何でも見たい、調べたいと思うわけです。そしてこのモデルを全て着用して、あらゆる調査を完了してしまうと、「これらの時計をどうしたいのか」という疑問が出てくる。実際に使うタイムピースとするのか、それとも歴史的に興味深いものとして愛でるのか。私はコレクターは自分の好みを進化させたり、変化させたりするべきだと強く主張しています。22年にわたって時計をコレクションしていると、なぜ今まで探求してこなかった特定のカテゴリーがあるのか、という疑問が湧いてきます。
フレッドと私がおそらく普通とは違うアプローチを取っているだろうと思われるもう一つの点が、私たち二人共が時計の販売が下手なことだと思います。買うのはとても簡単なのですが、売るのはとても難しい。ただ、私は自分の興味を進化させたり変化させたりするのが大好きなので、無理に身に着けていたり、魅力を感じなくなった時計がコレクションの中にあるようなら、それを売って、その収益でコレクションをリフレッシュさせることが大切だと思っています。ということで、まとめると、私のコレクションには視認性や耐久性、歴史的な興味など、ある種の共通した要素があるということになります。ただ、これから数年は、自分にとって全く新しいカテゴリーの時計を購入していくつもりでいます。それがこの趣味のエキサイティングなところだと思っています。
The Edge:カテゴリーと言えば、「OnTheDash」はホイヤーのコミュニティにとても高く評価されています。今あなたの後ろに映っている部屋を見ているだけでうっとりしてしまいます。その部屋について簡単に説明していただけますか? 何年もサイトをフォローしているフォロワーたちに向けて、「OnTheDash」の本部は実際にはどういったものなのかを説明していただけますか。
ジェフ:面白いリクエストですね。実は私が今いるのは、弁護士の仕事をするときの事務所なんです。ただ、補足すれば、弁護士として仕事をしている事務所と時計のための部屋とはとても良く似ています。ここに並んでいるのは、法律関係のバインダーです。私の白いバインダーは 法律事務所の中では有名なんですよ。誰かがあるテーマを研究している時に、最初に立ち寄る場所の一つとして、「そうだ、ジェフが白いバインダーを持っているかどうかを確認してみよう!」と言って私のところに来ることがよくあります。自宅の私の時計の部屋も、ご存じのように、初代オータヴィア、初期のカレラ、スキッパーなどに関する白いバインダーでいっぱいです。情報を文書化し、アーカイブ化して、それを棚から取り出して見てもらうようにしたいと思っているのです。深く考えたわけではありませんが、USBメモリにたくさんの情報が保存されているだけでなく、棚にもたくさんの書類がファイルされているというこの情報管理のスタイルは、法律にも時計にも共通していると思います。
The Edge:同感です。バインダーはなくてはならないツールですよね。ホイヤーとタグ・ホイヤーに絞ると、メゾンの最近のコレクションの中でお気に入りの時計はどれですか?
フレッド:現行モデルでは、オータヴィアとカレラですね。ヴィンテージのものも、現行モデルも共に好きなラインです。
The Edge:ジェフの意見は?
ジェフ:現行モデルでは、タグ・ホイヤーが昨年カレラで発表したものが気に入っています。今年出たばかりのモダンな42mmカレラの大ファンです。素晴らしい時計だと思います。ブランドの遺産を大いに活かして、すぐに購入できる新しいモデルを創り上げている好例です。今日身に着けている時計に話を戻しますが、特にクォーツのダイバーズウォッチがブランドを存続させていた10年、15年を振り返りながら、タグ・ホイヤーが「アクアレーサー」で何をしようとしているのかを知れたらと思っています。それによってブランドをどこに連れて行くつもりなのかにとても興味があるんです。
The Edge:ちょうど、若いコレクターの視点を取り入れることについての質問をしようと思っていました。ふさわしい注目を集めていない、または名もなきヒーローの地位に甘んじている、ホイヤーとタグ・ホイヤーの世界にある最も過小評価されている時計を挙げていただけますか?
ジェフ:そうですね。風向きやシーズンなどで私の興味や情熱が移行することもありますが、30年代半ばから40年代前半の時計には心底惚れ込んでいます。前にも言ったようにこの時期は、ホイヤーがカタログを拡充し、次の数十年のための基盤を実際に敷いた時期でした。最初の頃はカタログに情報がきちんとまとめられていなかったので、ごちゃごちゃしていますが、この時代は大好きです。この時代の時計はランデロン13のムーブメントを搭載し、形や大きさ、見た目や感じも多彩です。ありきたりのものから離れたいというなら面白い時計だと思います。もちろんありきたりの時計というのは、ほとんどが60年代、70年代のものですが…
The Edge:フレッド、あなたのご意見は?
フレッド:私も同意見ですね。40年代前半から半ばまでの市場の査定では、相対的に評価が低くなっているように思います。だからこそ面白い時代になっているんですよ。ホイヤーの1950年代のトリプルデイトは、非常に素晴らしい時計なのですが、ここでもまた、査定額を見ると現時点では驚くほど安くなっています。60年代の時計は一般的に人気が高いですが、それは時計の価格設定にも広く表れています。1970年代にも面白い時計があります。例えば、「ホイヤー カリキュレーター」は、そのデザインが極めてユニークなので、隠れた珠玉の逸品と言えるでしょう。自分が持っているこの時計をとても気に入っていて、頻繁に着用しています。
The Calculator Heuer from Fred's personal collection
The Edge:お二人とも今腕時計をしていることを考えると安直に聞こえるかもしれませんが、もしこれからの人生で、どんな状況であっても、飽きることなく、毎日身に着けていなければならないとしたら、どの時計を選ばれますか? もう答えが決まっているようなので、フレッド、あなたからお答え頂けますか?
フレッド:ホイヤーでなければならないというのであれば、「オータヴィア」のRef. 3646になるでしょうね。ブライトリングでは、このデザインセグメントで時間計のない似たようなモデルはないですから。そうでなければ、ブライトリングの「コ・パイロット」と言うべきでしょうか。でもホイヤーにこだわるなら、オータヴィア3646ですね。
The Edge:どちらの時計でも歓迎です。ここでは正直なご意見をお聞きしたいので!
ジェフ:フレッドの名前がこのマガジンに載っているのを見て驚く人もいるとおもいます。でも素晴らしいことだと思うんです。まるでキツネを鶏小屋に招き入れるようなものですけれど。
The Edge:でもそのキツネはとてもフレンドリーです(笑) 。
フレッド:ええ、両ブランドが相互にリスペクトし合っていますからね。 その歴史においてもそう。ニューヨークでブライトリングのジャック・カラシック氏と話をした時にも、彼は1960年代を振り返って、ジャック・ホイヤーを大親友だと言っていましたし。彼らは互いのことをライバルではなく、米国市場を制覇し、新たなセグメントを開拓しようと頑張っているスイスブランドの同志とみなしていたのです。ですから、先ほども言ったように、ブランド間のリスペクトは、本当に誇りに思うべきものであり、隠すべきものではないと思います。
ジェフ:そうですよ。でも私からはホイヤーしか連想してもらえません。でも、一人の人間が一つのブランドしか集めないというのは理解に苦しみます。オータヴィアを好きなコレクターであれば、ほとんどの場合、ブライトリングのコ・パイロットも探すと思います。そういう風になれば、「自分はこのブランドだけを集めているので、そのカタログに載っていないのであれば、手に入れることができない」という壁を自分で突き崩すことができるのではないでしょうか。私の場合は、様々なブランドに目を通し、その共有された美学、あるいは補完的で対立するアイデアを探っていく方がずっと充実感があります。フレッドも私も、一つのブランドだけに固執してしまうと、より広い市場を開拓することで味わえる醍醐味のほんの一部しか楽しめないだろうと思っています。
The Edge:近視眼的であるということは、学問的な厳しさを追求することでも、時間が経過していく中での時計の発展、革新、知識の蓄積を促進させてきたものを探ることでもありません。これに関連して、お二人はこうした二つのブランドと親密で密接な関係を持ち、その中で重要な役割を担っていらっしゃいますが、それによってブランドがどう事業を展開すべきかについて、評価や考え方が変わったりするものなのでしょうか? ジェフ、どうですか?
ジェフ:確かにそうだと思います。おそらく、タグ・ホイヤーとブライトリングの今、最も興味深く、対照的な違いは、その復刻版で何をしているかということでしょう。フレッドがブライトリングに深く関わるようになりましたから、詳しいことは彼に話してもらうとして、基本的にはブライトリングは、クラシックウォッチをほとんどオリジナルそのままに復活させています。そこでフレッドがノギスを持ち出して、ベゼルのビーズの数を数えて、同じ時計を再現し、ブライトリングのカタログに掲載しようとしているわけです。一方タグ・ホイヤーはそれとは異なるアプローチを採り、オリジナルをそのまま再現するのではなく、インスピレーションの源としてヘリテージカタログを使用しています。ですから、ジャック・ホイヤー氏の88回目の誕生日を祝って発表されたカレラも、オリジナルと同じではなく、その歴史を構成する要素にインスパイアされた時計です。ホディンキーとコラボしたカレラ スキッパーも同様です。1968年に発表されたオリジナルのスキッパーと全く同じではなく、基本的にはヘリテージ カタログに掲載されていた2~3種類のホイヤーを組み合わせています。そこが両ブランドの理念の違いであり、どちらが良いというものではありません。両ブランドとも歴史と遺産を活かしている点を評価しています。フレッド、ブライトリングのカタログに命を吹き込んだ経験について君の方から説明してくれないか?
Jack Heuer 88th birthday Carrera.
フレッド:結局のところ、両ブランドの昔のカタログは想像以上に充実しているということです。そしてもちろん、様々な形で、ブランドの遺産が将来のスタイルを決めています。私たちが過去からインスピレーションを得ているのは、それが会社の特徴の基盤になっているからに他なりません。ここではそれが極めて重要なことだと思います。
The Edge:ふと気がついたら時間になっていて、お二人の貴重な時間をあまり長く取らないようにしたいと思うのですが。 ジェフ、最後にあなたに質問があります。何度も聞かれていることだとは思うのですが、あなたにとっての至高の「ホイヤー」がどれになるか、最後にお答えいただけますか?
ジェフ:それこそが至高中の至高ですね。一本なんて選べませんよ(笑)。
The Edge:困りましたね。この一本というのをお聞きしたいのですが。
ジェフ:一本だけですか? ダイヤルにインディアナポリス・モーター・スピードウェイのロゴが入ったオータヴィア Ref. 3646にしましょうか。私にとっては唯一無二の時計です。1960年代に発表されたオータヴィアの中で唯一のホワイトダイヤルですから。インディアナポリス・モーター・スピードウェイとのレーシングのつながりも物語っていますし。どのようないきさつで製造されることになったか、どのように販売されたかに関しても面白い裏話があります。貴重な限定モデルです。私にとっては全てが一つになった時計です。それと「スキッパレラ」には30秒の特別賞を贈りますよ。
あ、それと、普段使っている時計のことは答えていませんでしたね。この点では少し方向性が違ってきます。Ref. 2446Cのスティール製ブレスレットが付いた60年代後半の手巻オータヴィアです。これ以前のモデルのような希少性や繊細さはありませんが、非常に面白い時計で、出かける時にさっと選んで身に着けるのにぴったりだ。これをワンウォッチコレクションとして持つことができているので、とても幸だと思っています。
The Edge:素晴らしいですね。お二人共今日は貴重なお話をどうもありがとうございました!
END