サヴォワールフェール Collected, Vol. 2、パート1

ニック・ゲートハウス&アルノ・ハスリンガー

10分

Collectedのインタビューはいつも長くなりすぎてしまい、散々悩んだ結果、2つに分けることにしました。これは、Collected Vol. 2のパート1です。ホイヤーのコレクターの中でも重要な人物であるニック・ゲートハウスと、2011年のボナムズでの伝説的なハスリンガー コレクションの販売で知られるアルノ・ハスリンガーへのインタビュー。「親違いの兄弟」、レーストラック モデル、そして75万ドルの失敗について語ってくれます。

© Arno Haslinger, Heuer Chronographs and Motorsports. Photos by Clemens Kois

The Edge: 今は誰もが自宅に閉じ込められていると思うので、少し現実逃避してみましょう。お二人がいらっしゃる場所について少しお話しいただけますか? たしか、ニックはポルトガルにいますよね? そして、アルノはザルツブルにいるはず。

ニック: 僕から始めていいかですか?

アルノ: どうぞ、お先に!

ニック:それでは、僕は過去30年間アジアに住んでいましたが、アクセントからもご推察の通り、ちょっとだけイギリス人なんです。でももうヨーロッパ人であることにこだわってはいません。それで、4か月前にリスボンから少し離れたカスカイスへと引っ越しました。嬉しいことに、引っ越してきてからこれまで素晴らしい天候に恵まれているんです。だから、青く澄んだ空の写真ばかり投稿しては人々を飽き飽きさせていますよ。

The Edge: 羨ましすぎるのでニックは今回はこれで終わりにしましょうか。

ニック:これがその眺めです。フォトショップした写真を送っているんだろうと思われてしまうんですよ! 僕の友人がスペインのポルトガルとの国境沿いに住んでいて、彼らは洪水や雪などに見舞われました。幸運にも僕らが移動してきたころは温暖な微気候だ。

The Edge: ありがとうございます! アルノ、あなたはどうですか?

アルノ:僕はザルツブルクで生まれ育ち、今もそこに住んでいます。でも現在に至るまでの間、学生の時はウィーンに住んでいました。それからフランクフルト、ロンドン、パリと仕事のために移動しました。

ニック:君はただの自慢しているだけのように聞こえるよ。僕がしたことと言えば、ロンドンからアジアへの移動だけだ!

アルノ: ヨーロッパ流に生きているだけだよ! ウィーン、フランクフルト、パリ、ロンドンとね。

ニック: 香水のボトルの側面に書いてあるような街の名前ばかりですよね! 僕が、ロンドン、東京、そして香港で働くプロの株式ブローカーの道を進むことは以前から明確でした。 そして、面白いことにそれが時計にハマったきっかけになったんですよ。デスクに座り、コンピューターの画面と実際は大して理解していない株式価格を見ることに飽き飽きしていた僕は、あるときeBayで時計を買い始めたんです。14歳の時に父からタグ・ホイヤーを譲り受けていたにも関わらず、その時やっと僕のコレクションの旅が始まったんです。

アルノ:10年くらい前だよね? 君は24歳か25歳くらいでしょう?

ニック:その通りだ。アルノ、君が記事を書くべきだと僕は思うよ。

The Edge:お二人が知り合いであることをお伝えするには、今が絶好のタイミングでしょう。お二人はどのようにして知り合ったのですか?

ニック: たしか、二人ともキャサリンの紹介で、歴史的なモナコでのグランプリに招待されたんです。歴史的なモーターレースとクラシックカーは、僕のもう一つの趣味だったので、すでにある程度の知人はいました。アルノのことは知ってはいましたが、その週末に時計コレクションのコミュニティを通して知り合うまで、会ったことはなかったと思います。それまでに会ったことがなかったのが不思議なくらいだ。彼は今ではまるで、オーストリアの兄弟のようなものだから。

だから僕は、それこそがコレクションを趣味とすることの素敵なポイントだといつも言っています。時計だけではなく、出会う人々や彼らが持つストーリー、そして時計に隠されたストーリーもまた素晴らしい。それが、この趣味が僕にくれる一番の喜びなのです。

The Edge: 多くのコレクターの方がそうおっしゃいますね。それに、特にホイヤーのコミュニティは非常に温かいと。

ニック:  その通りです。ホイヤー ブランドは、ほんの少し違うように思えます。何と言ったらいいのかな…、ホイヤーは、多くの人が集めたがるメジャーなブランドではないのです。だからと言って、ものすごく高額というわけではない。ただほんの少しだけ違うんです。もともとモータースポーツやクラシックカーが好きなので、僕にとっては自然なチョイスです。でも、多くの時計コレクターの間では、タグ・ホイヤーはいつも一番最初に思い浮かぶブランドというわけではありません。そして、思うに、タグ・ホイヤーの愛好家は、本当に熱意のある人やタグ・ホイヤーの時計そのものが大好きな人。その時計で自分をどう見せるかを考えている人ではない。ほんの少し違ったコミュニティというのはそのせいだと思うんです。僕は、ホイヤーのコミュニティでは、非常に親しみやすく、一緒に会話をするのが楽しい人にしか出会ったことがないですからね。世界中でそうした人に出会って、友人になりましたよ。こういった類のコミュニティでは非常に珍しいことだと思います。

The Edge:それでは、新たにコレクターになる人は、どのようにあなた方を探せば良いでしょうか? どうしたらよいコレクター仲間に出会えますか?

アルノ:Instagramでしょうね (@arnohaslinger)

ニック:僕がInstagramをしているのは、時計のためだけだ。 (@chronomatik)

アルノ: 君はInstagramでとても有名だよ!

モナコグランプリでのニック・ゲートハウスとアルノ・ハスリンガー

The Edge:  お二人ともInstagramで非常に突出したフィードを投稿されていますよね。時々こっそり見ているのですが、どちらも素晴らしいです。

ニック: 僕は本当はすごくめんどくさがりなんです。時間をかけて投稿するなんて無理だ。こういったソーシャルメディアは、のめり込みすぎてしまうといけないので。ジェフ・スタインが設立した「On the Dash」という大きなフォーラムもあって、そこで質問をするという手もあります。素晴らしいフォーラムですよ。

アルノ:「On the Dash」は素晴らしいデータベースを持っている。それから、何か出版すると、人に見つけてもらえますよ。2008年に「the Heuer Chronographs and Motorsport」という本を出版した時、多くの人と繋がりを持つことができました。初版の3500部はあっという間に売れてしまった。専門的な本としてはとても多い数でした。

The Edge:それでイギリスのベストセラー作家のリストに入ったのですね! もしその部数を1週間で売っていたら、1位になっていたでしょう。非常に素晴らしい書籍売上ですね。

ニック:アルノは、J.K. ローリング と同等ですよ。本当に。  そして、ひどいのは、君はまだ僕の買った本にサインをしてくれていないということだ。

アルノ:ああ、申し訳ない!

The Edge:アルノ、本へのサインと合わせて、ニックにどんな言葉を捧げますか?

アルノ: このマガジンに載せられなくなりますよ。

The Edge:言ってみてください。

アルノ: 君は最高のバディだ。親の違う僕の兄弟。ホイヤーとポルシェのコレクター・バディ!

The Edge:ロマンスは死んだと言われていますが、そんなことはありませんね。

アルノ: いやいや、死んでなんかいませんよ。ニックが言った言葉で重要なのが、ホイヤーというブランドは、モータースポーツの全盛期との強い繋がりを持つ数少ないブランドであるということです。そして、本当にすごいと思うのは、ジャック・ホイヤーが自ら出向き、レースドライバーと素晴らしい契約を交わしたということです。その後1970年代初頭に、フェラーリと契約を結んでいる。ジャック・ホイヤーは、モータースポーツ界で初の自動車会社以外のスポンサーになりました。僕の記憶が正しければ、マルボロよりも早く。ジャックはタバコよりも先を行っていた。驚くべきことです!

すごく先見の明のある人だったんですよね。時計名とシリーズは、モナコ、  デイトナ、モンツァ。モンツァは、最初の限定モデルだったので、コミュニティにとってはとても重要な時計です。フェラーリのニキ・ラウダが世界チャンピオンになった1975年の後半に発表されています。ホイヤーの名は、ウインドシールドのすぐ下というとても目立つ場所に掲げられていたため、ブランドの知名度が一気に上がり、モータースポーツのキングクラスで知れ渡りました。

The Edge:なぜそれが、モータースポーツと時計の重要なターニングポイントであったと思われるのですか? 内部のエンジニアリングの複雑さという部分で共通しているからですかか? 時間とのレースという考え方によるものですか? なぜこの2つは直接の歴史的関連性がないのに相性が良いのでしょうか?

ニック:ホイヤーはクロノグラフと計時がすべて。モータースポーツもまた、時間の記録を破ることがすべてなのです。だから、僕が思うにそこには明確な繋がりがある。そして、アルノが言った言葉に戻ると、僕は根本的には70年代に育った人間です。フォーミュラ1を見て育ち、初めて見た車の広告ロゴはホイヤーのものでした。だから僕にとっては、それはもう明確なコネクションなんです。けれど、深く考えると、確かに時計の内部にも、レーシングカーの内部にも美しいエンジニアリングが存在していますね。

アルノ: 小さなクラッチャー、小さな歯車、プッシャー、リング…。

ニック: 僕は車いじりが好きなのですが、以前、誕生日に誰かから、時計をばらばらにするための美しいセットをもらったんです。このセットは、今僕のオフィスで一番危険なもの。だって僕は時計をいじる資格を持っていないから。でも、一度か二度はやってみたいという衝動を抑えられなくて。時計からパーツを取り外したら、「僕はこの時計を変えることができる。ニック・グリーンだったか誰かがこうしていたのを見たことがあるんだから」とかなんとか考えて、ばらばらにしていくんでしょうね。そして多分、子どものように、元通りにすることができなくなってしまうんですよ。できるわけがない。それで、謙虚に時計のパーツを持って時計職人の元に出向き、修理を依頼する羽目になる。まあ、そこからは別の話ですが。

ニックのツールセット

« 解体するには、膨大なリサーチが必要になります。自分の時計1本1本、車1台1台を、100回は観察しました。僕にとってそれは趣味の楽しみの一部なのです。 »

ニック・ゲートハウス

アルノ: モーターレースに話を戻すと、ホイヤーのポートフォリオには、非常に興味深いものがあります。ホイヤーのポートフォリオを見てみると、60年代はもっと製品が絞られていました。カレラとオータヴィアです。60年代末にはカマロが少し登場し、1969年、モナコが発表される。そして突然たくさんの製品が登場するようになるんです。その後シルバーストーン、ジャラマ、そしてデイトナが発表されています。すべてレーストラックに因んで名づけられている。例えば、ジャラマは、1974年にニキ・ラウダがスペインのハラマレースでフェラーリに勝利をもたらした時に発表されました。フェラーリには辛く長い12年があったということを忘れてはいけません。そして突然優勝に輝いた。フェラーリはレースの度に進化を遂げ、ついに1975年にワールドチャンピオンになっています。素晴らしい成果だ。そしてジャックは、キャストの中でも非常に有名だった。これが、彼がモンツァの発表を決めた理由です。リーフレットを見ると、最初に目に入るのは限定モデルということ、次は、フェラーリとの共同開発ということ。どういうことかと言うと、コレクターにとってはこれ以上望むことはないんです!

ニック: ジャック・ホイヤーは本当に先見の明をもっていた。このことを強調すべきだと思っています。アルノが言ったように、彼は、ほぼ初めてレーシングカーのボディにスポンサーとして名を載せた人物だったんです。映画でプロダクト・プイスメントを使用した初めての人でもありました。スティーブ・マックイーン主演の『栄光のル・マン』です。ビジネスの観点からいうと、彼はほぼ完ぺきだったと思います。明らかに、クォーツ危機は個々の企業よりも大きな問題の一つでした。でも、ビジネスモデルという観点では、彼はすべてを完璧に成し遂げたと僕は思っています。時と共に進化する時計を彼は創り出している。ほとんどの時計ブランドは、基本的に同じ時計を何十年も作り続けています。でもホイヤーは、誕生した時代を反映した、個性的で、美しく、カラフルなデザインの時計を創り出しているんです。本当にクリエイティブなポートフォリオで、ある意味ではコレクターにとっては贈り物と言えます。

The Edge:  アルノ、先ほどレーストラックモデルについて話していた時、まるでレースのコメンテーターのようでしたね。あっという間に、これがあって、次にこれがあって、これがあったといった感じに解説していて。あなたが言った通り、本当に重要な、歴史的な出来事ばかりです。そして、私が聞きたいと思っていたのは、時計であれ、その他のレースの記念品であれ、歴史的な品物と時を共にする、または所有するということは、お二人にとってどういうことですか? 知的なものといった感じですか? 感情的なものですか? それとも、身体的なもの?

アルノ:それは、しっかりとその品物について調べることがカギとなります。ホイヤーでは、どうであったかをお話します。僕は長年プレミア・オートモーティブ・グループでマーケティングに携わっていたんですが、大事なプレゼンテーションがあったんです。ランドローバーに関するものだったと思います。レンジローバーだったかな? いずれにせよ、デザインの責任者がモナコの写真が入ったスライドを出してきたんです。それは、将来のヒントとなる、様々な業界からのオシャレなイメージ、最先端だと感じる特定の製品などについて書いてあるムードボードでした。モナコが取り上げられたスライドが出てきて、「ああ、これだ」と思いました。こんなスクエア型の時計を見たことがなかったから。それから僕はリサーチを始めたんです。コレクターになったばかりの頃にできる最善のことは、これまでの製品ラインを理解するために新品の時計を買うことです。新品の時計の仕上がりを理解することが必要ですから。すべての細かなディテール、そのディテールとリサーチこそが、タイムピースのコレクションに違いをもたらすのです。

ニック: まさに、その通り。車のコレクションと同じだ。解体するには、膨大なリサーチが必要になる。自分の時計1本1本、車1台1台を、100回は観察しました。僕にとってそれは趣味の楽しみの一部なのです。リサーチ。僕らは楽しいからリサーチをする。これは、様々なもののコレクターに共通する挑戦だと思います。たどり着くための裏の作業が大切だということですね。追い求めることは、最終的な結果を得ることと同じくらい楽しいと僕は思います。特にホイヤーのようなブランドは、それぞれのリファレンスの状態の良い品物を見つけるのが難しい場合がある。なので、最終的に見つけ出した時には、すごく報われた気持ちになります。

モンツァを着けたニキ・ラウダ。「タイミング、パフォーマンス、正確性が要されるならどこであれ、私のような人間はホイヤーの特別な時計を頼りにする。ホイヤーのクロノグラフは、そのシリーズを通して証明され散る信頼性と目に見えるスポーティエレガンスにより、国際的なエリートに認められた時計だ。1975/76年のオートモーティブ・ワールド・チャンピオンシップに際してリリースされた新しいモンツァ オートマティック クロノグラフで、ホイヤーはまたしてもトップレベルのパフォーマンスを更新している。自分の目で見るべきだ。ニキ・ラウダ」

アルノ: 僕が81本のタイムピースについて本  を書いた時、65本くらいは新古品でした。ニックが言っていたように、まずは自分の宿題をしなくてはならないのです! コレクションは、突然始め、安い価格で手に入れようと考えるようなものではありません。僕が誰かにコレクションのコンサルテーションをする時、市場には経験豊かなディーラーや専門家がたくさんいるので、最初からお買い得なものを手に入れられるようにはならないといつも警告をします。いつも言うのは、一番安い価格を求めず、品質を求めるべきだということ。時が過ぎても、品質は流行に左右されることがないですから。

ニック: 忘れてしまう前にその点について言いたいことが。基本的に、アルノが言っていることはとても興味深いと思います。コレクションをする際に、最高のものを買う余裕があれば、もちろん一番望ましい状態であるものを選ぶでしょう。でも僕にとって、ホイヤーブランドの素晴らしい点の一つは、お金持ちでなくてもホイヤーを集めることができる、完璧な状態ではないかもしれないけれど新古品を見つけることができ、それでもホイヤーは所有するのに値する美しい時計であるということです。だから、ある意味より民主的な市場であると思っています。もし100%ではない、または最高の状態ではなくても、投資や大切に思う気持ちには無用の心配なので、僕は好きなものを買うのを反対したりはしません。ただ単に美しいピースや歴史的なピースを所有することが重要なんです。

アルノ:その通り。

ニック: 新古品ウォッチの他の問題は…、今身に着けている、これです。これは本来新古品で、生産されてから誰も着用したことがありませんでした。でも、僕はその歴史を終わらせてしまった! 車を運転することや時計を身に着けることが大好きだから。新古品だったにも関わらず、今僕はそれを着用しているのです。車と同じです。 僕は車を修復して完璧な状態にするんですが、そしてラリーに出かけて、結局完璧から遠のけてしまうんです。そういった類の人間なんですよ。子どもの頃、おもちゃの車をいつも箱に保管していた友達がいました。彼らは、そのままの状態で今も所有しつづけているのです。僕のはと言うと、どれもしっかり傷がついていて、壊れかけている。箱はない。でもストーリーがあるんです!

アルノ: 僕も同じだ。僕はポルシェ911を持っているんです。マルティーニ・エ・ロッシの素晴らしい歴史をもつ車です。それでも、ドイツの高速道路では思いっきり走りますよ!

The Edge:  アルノ、もし差し支えなければ、コレクションを何本所有しているかを教えていただけませんか?

アルノ:僕は今でもとても、とてもホイヤー好きです。ラッキーなことに、自分のコレクションを販売した後、時計業界の偉大なメンターの1人であり、ホイヤーの前社員であるゲルト・リュディガー・ラングが、彼のコレクションを見に来るよう僕を招待してくれました。彼は素晴らしいコレクションを持っていて、1,500以上のクロノグラフだったと思います。

The Edge: それはすごいですね。

アルノ:さらに、彼は映画『栄光のル・マン』で使用された時計も持っていました。ホイヤーコレクションの一部は博物館に売ったと言っていましたよ。オークションの後、僕は彼から多くの時計を購入することができました。そのうちのいくつかは新古品で、確実にオリジナルのピースでした。質問にお答えましたっけ?

ニック:いや、していないよ。

ニックのプライベートコレクションから2本のカレラ

The Edge:質問は、「現在何本の時計を所有されていますか?」でした。

アルノ:僕の時計コレクションのおよそ80%がホイヤーだと思います。

The Edge:まだ質問に答えるのを避けていますね。でも、少なくとも、アルノから一つの数字を聞き出すことができました。ニックは、この質問に答えることをどう思いますか?

ニック: 僕の妻がこの部屋にいなかったら、数を教えてもいいんだけれど…。[長い沈黙] 本当は、具体的には把握していないんです。でも75%はホイヤーのものだと思います。

The Edge:時計の世界にストーリーを求めるのであれば、すごく良い物を入手できた時の事をお話しいただけますか? 幸運な出来事や時計に出会った後に分かった出所などはありますか?

ニック: 僕の気に入っているストーリーは、幸運とは完全に逆のものです。90年代にホイヤーを探し始めた時、僕は銀行に勤めていて、画面上で行うこと以外に大してすることがなかった。そんな中、『栄光のル・マン』の映画セットの責任者だと言う誰かが、時計の宣伝をしていました。そして彼は、映画で使用されたホイヤー モナコとそれに付属する手紙をを取り出し、その本当に素敵なホイヤー モナコを12,000米ドルぐらいで売ると言っていたのを覚えています。

アルノ:. 8,000だったと思うよ。

ニック:. そうか。でもまずストーリーを終わりまで話させてくれ。

アルノ: ごめんごめん。でも政治家みたいに、君の話は長いよ。

ニック: どうしたらいい? アルノ様のようにもっと完結に話をしないとね。それはさておき、その時はたしかジェフ・ステインと会話をしていて、3本の普通の1133B モナコを買うことができると話していたのを覚えています。同じ時計を3本、その時計と同じ値段でね。だから、僕たちは買うのには値しないという結論に至り、結局誰か別の人が買った。その後、その時計は、75万ドルの値が付いたんです。それからさらに、220万ドルの値で売られました。つまり、  僕にコレクションの専門家としてのアドバイスは求めるなと言うことですね。僕ができるアドバイスは、気に入ったものは買うべきだということです。車や時計を買う上で、何よりも大切なことだと思います。

アルノ: とてもいいことを言うね。品物を愛するということが重要で、素晴らしいことだと思うな。

The Edge: アルノは、今の話よりもハッピーエンディングな、良い物を手に入れることができた時のストーリーはありますか?

アルノ:そうですね。僕が時計を入手する際に一番幸せを感じたストーリーの一つは、  完全なオリジナルで誰にも触られていないコレクションをゲルト・リュディガー・ラングから買えたことかな。実際何本のホイヤーを人生で手に入れたかは分かりません。たぶん長年の間に500本以上でしょうか。ニキ・ラウダの物を彼の家族から個人的に買い取ることがきたこともストーリーの一つですね。

でも、時計の世界は実際他のどんなものとも同じだと思います。ある程度の良い経験とある程度のあまり良くない経験がつきものなんです!

ニック:自分のために言っておきますが、僕は、今所有しているよりもはるかに多くの時計を購入してきました。ホイヤーの時計を購入して悪い経験をしたことはありません。ラッキーだっただけかもしれないけれど。確かではないけれど、期待と違う時計を今まで見つけた記憶はありません。大抵、FedExの小さな包みが到着すると、すごくワクワクするんです。その包みを開けると、大体の場合、想像よりもずっと良い時計が現れる。正直に言うと、最近コレクションをしていて一番うれしい瞬間は、 本当におかしいですが、アルノが知らない、アルノが見たことがない時計を見つけた時なんです。そういう時計を見つけることが、最近の目標になっています。

アルノ: ニック、僕にもっと会いたいがために実はヨーロッパに引っ越してきたと白状したらどうだい。

ニック: その通りだよ。

 

パート2もお見逃しなく。ニックとアルノが、ジャックとの出会い、ゴールドの再燃、そして恐ろしいほどに寛大な申し出についてお話しします…