時計 レースのために生まれたクロノグラフ
8分
アンガス・デイヴィス Escapement Magazine.com 共同創設者
感動を呼び起こす名前、それが「カレラ」
北イングラント出身の私にとって、「カレラ」という言葉には信じられないほどにエキゾチックな響きがあります。3つの音節でできた、発音のしやすい単語。このスペイン語には「道」「レース」「コース」「キャリア」など様々な意味があります。今日、その名はスピードと伝説的なクロノグラフの代名詞となり、そこからはラテンの情熱と興奮が伝わってきます。今回はそんな「カレラ」の由来にまつわる興味深いストーリーをご紹介します。
モータースポーツの世界にインスパイアされて
1962年、米国・フロリダ州セブリングでの12時間レースに参戦したジャック・ホイヤーはある日、メキシコ出身の2人の若いレーシングドライバー、ペドロ・ロドリゲスとリカルド・ロドリゲスの両親とおしゃべりを楽しんでいました。その時この両親が、息子たちがまだ小さかったので、数年前に開催された「カレラ・パナメリカーナ メキシコ」に出走できなくて良かったと言ったのを耳にしたのです。実に3000kmもの距離を走り、世界で最も危険なレースと広く認められていたこの “国境から国境” までのロードレースは、1950年から1954年まで開催されました。83人もの観客が犠牲になった1955年の悪名高きル・マン事故を受け、カレラ・パナメリカーナ メキシも中止に追い込まれました。
このレース名の中でジャック・ホイヤーの興味を惹きつけたのが「カレラ」という言葉ででした。実際、彼はこの言葉を「セクシー」と表現したといわれています。スイスに戻ったジャックは早速「ホイヤー カレラ」という名称を登録し、翌年には初代「カレラ クロノグラフ」(Ref. 2447) を発表します。
ジャック・ホイヤーとF1ドライバーのクレイ・レガツォーニとジョー・シフェール
ホイヤー カレラ Ref. 1158CHN
Ref. 1158CHN - ピットレーンでの生活
70年代初頭、ホイヤー(タグ・ホイヤーの旧社名) は、腕時計やストップウォッチのトップメーカーであっただけでなく、電子計時の分野でも最先端を走っていました。ホイヤーのエレクトロニクス部門が開発した「センチグラフ」は、フェラーリのレーシングチームが使用していた最先端の計時システムでした。
これは、ホイヤーとフェラーリが交渉し、フェラーリ マシンのウインドシールド下フロント部分にホイヤーのブランドロゴを目立つように入れる代わりに、このイタリアのレースチームにセンチグラフ システムを提供する取引がまとまったことによるものでした。さらに、フェラーリのドライバーにはそれぞれ、18Kゴールドの自動巻カレラ クロノグラフも贈られたのです。Ref. 1158CHNとして知られるこの時計は、最初の2桁の数字が有名なキャリバー11を搭載していることを表しています。この画期的なムーブメントは、初の自動巻クロノグラフで、1969年に発表されたホイヤー モナコで初めて使用され、Ref. 1158CHNに搭載された当時も最先端でした。このラグジュアリーなクロノグラフは、瞬く間にパドックの話題を独占します。
Ref. 1158CHNは、直径38mmの香箱に収められていました。ケース右側面にはクロノグラフのプッシャーが2つ、9時位置にはリューズが配置されています。リューズをケースの左側面という通常とは逆の位置に配したのは、キャリバー11の構造によるもので、初期のモナコに共通する特徴となっています。
また、ゴールドのダイヤルにブラックのレジスターを組み合わせた Ref. 1158CHN のカラーリングは、ウィングカラーやフレアーが大流行した当時のトレンドを敏感に反映していました。日付表示は6時位置。ブラック ディスクの上にホワイトの数字を配し、エレガントなコントラストを演出しています。ダイヤルは、タキメーター スケールを備えたフランジで縁取られています。ブラックのシンセティックレザーのストラップが付いたものもあれば、ストラップメーカーのゲイ・フレアーによる贅を極めたゴールドブレスレットを組み合わせたタイプもありました。
当初、Ref. 1158CHN はフェラーリのドライバーとチーム関係者だけに作られたものでしたが、瞬く間に、伝説的なドライバーを初めとする、F1界の人々からも是非欲しいという声が挙がるようになります。このモデルの人気の高さを熟知していたジャック・ホイヤーは、優勝したドライバーにそのドライバーのためだけに作られた Ref. 1158CHN を贈り、その栄誉に浴したオーナーのリストには、マリオ・アンドレッティ、ジャッキー・イクス、ニキ・ラウダ、ジョー・シフェールなど、名だたるドライバーが名を連ねます。
ジャック・ホイヤーのお気に入りの時計
ジャック・ホイヤーは、成功と悲劇が共存するF1界に深く関わっていました。おそらくそのせいもあって、チャンピオン ウォッチと呼ばれた Ref. 1158CHN を愛用するようになったのでしょう。実際、1158CHN は今でもジャックのお気に入りの時計であるとよく言われます。そして、このモデルがインスピレーションとなって生まれたのが「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ ジャック・ホイヤー バースデー ゴールド リミテッドエディション」です。ホイヤーの元CEOの88歳の誕生日を記念して製作されたこの時計は、複数の特筆すべき特徴を備えています。
188本の限定生産で、ダイヤルはシックなホワイト。Ref. 2447 に始まる「カレラ」全モデルの代名詞ともなっているクリーンですっきりとしたレイアウトを踏襲しています。18K 5N ローズゴールド製のコンテンポラリーな42mmケースに、時代の最先端を行くタグ・ホイヤーの自社製ムーブメント「ホイヤー02」を搭載し、クラシックな魅力と現代性とを兼ね備えたデザインに仕上がっています。
タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ(CBN2044.FC8313)
70年代にインスパイアされた逆パンダ ダイヤル
今回、アヴァンギャルドなブランドから、70年代、特にこれまでご紹介してきた Ref. 1158CHN にインスパイアされた新しいカレラが発表されました。タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ ブラック&イエローゴールドには、ジョン・プレイヤー・スペシャルのマシンが堂々とした走りで頂点を極め、チェッカーフラッグを当たり前のように受け、数々の勝利を手にした70年代の時代精神が表現され、
そのデザインは、1972年から1986年までF1に参戦したロータスのブラックとゴールドを身に纏った、いわゆる “JPS” マシンを彷彿とさせます。JPS チームのドライバーとしては、エマーソン・フィッティパルディやロニー・ピーターソンが有名で、いずれも Ref. 1158CHN が贈られています。タグ・ホイヤーのアンバサダーだったアイルトン・セナは、1986年にロータス 98T を駆り、JPS カラー最後となったこの F1 マシンで怒涛の走りを見せました。
タグ・ホイヤーは、この新作モデルに “逆パンダ ダイヤル” を搭載。この言い回しには新作ウォッチが Ref. 1158CHN の美的センスを継承した分身モデルであるとの思いが込められています。カラーコンビネーションは、70年代モデルのゴールド ダイヤルとブラック レジスターから、ブラック ダイヤルとゴールド レジスターに変更。3時位置の30分計と9時位置の12時間計の2つのサブダイヤルは、中央がスネイル仕上げで、滑らかなサーキュラー トラックで縁取られています。Ref. 1158CHN と同様に、全てが極めてシンメトリーで、一見しただけではバイコンパックスのレイアウトになっているように見えますが、よく見てみると、ダイヤル下部にスモールセコンドが配置されているのに気づくはずです。控えめなデザインで、ダイヤルの見た目を乱すことなく、しかも視認性に優れています。このさりげないディテールが、ダイヤルの絶妙な調和を生み出すことに貢献しています。
ブラックのサンレイ加工サテン仕上げダイヤルに配された時針と分針にはスーパールミノバ(SLN) が塗布される一方、アプライドインデックスはステップ加工が施され、その中央にSLNが長方形に塗布されています。日付表示も 1158N のデザインを継承し、6時位置のゴールドで縁取りされた窓には、ブラックのディスクに配されたホワイトの数字が表示されます。日付ディスクは、時計のエチケットに従い、ダイヤルと同じに色になっています。ダイヤルを囲むフランジには、時刻の読み取りや経過秒のカウントに役立つミニッツトラックが表示されています。
18K 3N ソリッドイエローゴールド
ホワイトゴールドもプラチナも貴金属ですが、18K 3N ソリッドイエローゴールドほど華やかさを表現できる素材はありません。直径42mmの新しいタグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ ブラック&イエローゴールドは、モダンなテイストが香るサイズ感です。ケースは、ポリッシュ仕上げとサテン仕上げが施されていますが、この組み合わせは作業が難しいだけでなく、時間もかかります。デザイン全体を通して、湾曲したライン、直線的なエッジ、複雑なファセットが光と戯れ、輝きと陰影の絶妙な調和を生み出しています。計算し尽くされたデザインの中でこの貴金属を随所に採用していることから、このモデルを一見しただけで、タグ・ホイヤーがいかにこの素材の価値を尊重しているかが分かります。
タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ(CBN2044.FC8313)
160年に渡って受け継がれてきた時計製造のサヴォアフェール
このモダンなクロノグラフの裏側には、サファイアクリスタルがセットされ、キャリバーのホイヤー02を見ることができます。この最先端の自社製ムーブメントは、タグ・ホイヤーのシェヴネ工場で生産されています。この “完全統合型” キャリバーは、時間専用のベースムーブメントを転用するのではなく、当初からクロノグラフとして設計されました。縦型カップリングとコラムホイールの組み合わせは、純粋な愛好家の間では最適な組み合わせと考えられています。また、他のクロノグラフとは異なり、2時位置のプッシャーを押すと、中央のクロノグラフ秒針が迷うことなくスムーズに動き出します。さらに、プッシャーの感触が滑らかで押しやすい点もクロノグラフ愛好家から非常に高く評価されています。
つまり、ホイヤー02 キャリバーは、最先端のものでありながらも、タグ・ホイヤーがこれまで160年に渡って培ってきたサヴォアフェールが余すところなく活かされているのです。
全ては名前から始まった
言葉は、言語によって意味が異なります。名前によってはそれが生まれた国を出ることがないものもあれば、世界中を旅し、世界中の人々の共感を得る名前もあります。スイスのベルンに生まれたジャック・ウィリアム・ホイヤーは、スペイン語の「カレラ」という言葉を聞いたとき、華やかな響きを感じたと言います。この名が彼の想像力を刺激したことは明らかで、翌年には Ref. 2447の「ホイヤー カレラ」を世に送り出しています。以来、その名は広く知れ渡ることになります。
現在、カレラの名は、ブランド愛好家、時計コレクター、そしてモーターレーシングマニアを問わず誰もが知るものとなっています。それは、カレラにとって長い旅路でしたが、その旅はまだ終わりを告げるものではありません。それどころか、このモデルはあらゆる世代で新たなファンを獲得し続けているのです。
この最新モデル「タグ・ホイヤー カレラ クロノグラフ」は、アヴァンギャルドなタグ・ホイヤーのサヴォアフェールとイエローゴールドが融合し、ラグジュアリー ウォッチメイキングの栄光が形になっています。
このライターの他の記事はオンラインマガジン『Escapement Magazine』をご覧ください。
アンガス・デイヴィス Escapement Magazine.com 共同創設者