ライフスタイル タイムゾーン:時間が壊れた町
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ブロークンヒルは、ニューサウスウェールズ州の西端、州都シドニーの郊外からも遠く離れたところに位置します。シドニーから距離にして約1148km。アウトバックと呼ばれる砂漠を中心とする広大な人口希薄地帯にあり、ゆったりと時間が流れていきます。町の色彩は、埃っぽい砂漠のブラウンを太い絵筆で描いたところに、スカイブルーが弾け、暑さと陽光が生み出す赤みがかったオレンジ色の縞がその上にかぶさってきます。ブロークンヒルの公式ウェブサイトには「パブよりアートギャラリーの方が多い町」と誇らしげに書かれています。また、その不毛な風景が、数々の大ヒット映画の背景として使用されたことから「アウトバックのハリウッド」としても知られています。この町には、見るもの、すること、吸収することがたくさんあります。荘厳なパレスホテルには、500平方メートルもの壁画があり、レトロなキッチュ感を醸し出しています。ブロークンヒルはまた作家やアーティストのオアシスでもあります。元々鉱山の町であったため、ここには鉱物や宝石がたくさん詰まっています。しかし、ブロークンヒルで強調したいのは、この町が “壊れた/途切れた” タイムゾーンにあるという点です。
1つの国に3つのタイムゾーン
オーストラリアは広大な国なので、西部標準時(UTC +08:00) 、中部標準時(UTC +09:30) 、東部標準時(UTC +10:00) の3つのタイムゾーンがあります。因みに、UTCとは協定世界時を意味する Coordinated Universal Time の頭文字を取ったもので、基準時刻を指します。世界では、時計と時刻の設定にUTCを使用しています。オーストラリアでは、時刻は各州の政府によって管理されています。サマータイムを導入している州もあれば、していない州もあります。1890年代、オーストラリアの全植民地が標準時を採用します。この切り替え以前は、各市町村が自由に地方平均時刻を決めていました。現在、西オーストラリア州は西部標準時を、南オーストラリア州とノーザンテリトリーは中部標準時を、そして、ニューサウスウェールズ州、クイーンズランド州、タスマニア州、ビクトリア州、ジャービスベイ準州、オーストラリア首都特別地域は東部標準時を採用しています。こうした状況がブロークンヒルを外れ者にしたのです。
なぜブロークンヒルで時間が途切れるのか
ブロークンヒルは、ニューサウスウェールズ州の一部です。しかし、この州の他の市町村とは異なり、ブロークンヒルが採用しているタイムゾーンは、南オーストラリア州やノーザンテリトリーと同じ中部標準時です。その理由は、オーストラリア連邦が標準時を採用したとき、ブロークンヒルが直接鉄道で結ばれていたのは南オーストラリア州のアデレードだけで、シドニーとは結ばれていなかったのです。つまり、ブロークンヒルは物理的にはニューサウスウェールズ州に属していても、その生活は隣の南オーストラリア州と密接に結びついていたのです。このため、ブロークンヒルは、郵便料金や電話料金の面でも南オーストラリア州の一部とみなされています。外部の人間が、ブロークンヒルのタイムゾーンを理解するには少し頭を働かせる必要があるかもしれませんが、この壊れた/途切れたタイムゾーンの中で育ってきた地元の人々にとっては、たいしたことではありません。実際、ブロークンヒルがニューサウスウェールズ州の西の果てにあるため、地元民のほとんどが中部標準時を正しいタイムゾーンだと感じているように見えます。
天文学者の中には、このタイムゾーンを「歴史の妙味」と呼ぶ人もいます。南オーストラリア州のタイムゾーンが UTC +9:00で、ブロークンヒルのタイムゾーンが UTC +10:00なら、もっと理にかなっているとさえ言います。南オーストラリア州、ノーザンテリトリー、ブロークンヒルは、極めて貴重な時間帯に位置しています。つまり、世界で7つしかない、UTCから30分離れたタイムゾーンの1つにあるのです。中央標準時に関するこのような議論は、オーストラリアではよく交わされます。最近では、2015年に、このタイムゾーンに対する国民感情を調査してみることでコンセンサスが得られ、現状維持が支持される調査結果となりました。彼らは UTC +9:30 に慣れきっているので、タイムゾーンを変えると日常生活に支障をきたすかもしれないと考えたからでした。同じことがブロークンヒルにも当てはまります。何世代にもわたって採用され続けることで、この壊れた/途切れたタイムゾーンが町のアイデンティティの一部にもなっています。なぜ変えないかって? 壊れたものの中には、直す必要がないものもあるからです。