サヴォワールフェール 時代の本質を捉える:1960年代

1960年代から現在までの、アイコニックなタイムピースとそれにふさわしい広告キャンペーンをご紹介

8分

ヴィンテージウォッチ広告の第一人者として世界的に名を馳せるアド・パティナ社の協力を得て、時を巻き戻すシリーズがスタート。不朽の魅力を放つ思い出深い広告キャンペーンを通して、ホイヤーとタグ・ホイヤーの歴史を10年ごとに振り返ります。

ヴィンテージウォッチ広告の第一人者として世界的に名を馳せるアド・パティナ社の協力を得て、時を巻き戻すシリーズがスタート。不朽の魅力を放つ思い出深い広告キャンペーンを通して、ホイヤーとタグ・ホイヤーの歴史を10年ごとに振り返ります。

今回は、アド・パティナ社が60年代への魅力あふれる旅へと誘います。この10年間は、様々な意味でホイヤー新時代の幕開けとなった時代でした。1958年、ジャック・ホイヤーがファミリー企業の4代目リーダーとなり、この10年間で、新しいクロノグラフモデル、独創的なストップウォッチのデザイン、ダッシュボードの特別な計時装置など、ホイヤーに常識を超えた革新がもたらされます。1960年代に展開されたホイヤーの印刷広告で作ったレトロな紙芝居をガイド付きでお楽しみ下さい。

“ホイヤーが贈る新作”:カレラ

特に60年代の広告では、特定のウォッチモデルが印刷された広告を見つけるのは至難の技であり、ましてや全面広告など問題外です。

 

1964年のホイヤーの広告を例にとってみましょう。

最初の行 “New from Heuer…”(ホイヤーが贈る新作) に注目してください。ご想像の通り、ホワイト(またはエッグシェル) ダイヤルの誕生間もないカレラ Ref. 2447が掲載されています。これは、カレラのオリジナル広告を探してみた場合の最たるもので、ページの長さに合わせて細長く伸びることから「ストリップ」と呼ばれるスタイルになっています。

パルセーション ダイヤルや “パンダ” ダイヤルなど、Ref. 2447の他のバリエーションが出ている広告を探しても、せいぜい似たような結果になるだけで、ページの片隅に登場する小さな広告しか見つかりません。十中八九、これ以上に独自の手法が採られた広告は存在しないでしょう。せいぜい画像がカタログに掲載されているというのが関の山です。

カタログと言えば、この広告(上の写真) の下部に、個人情報を記入して送ると無料でカレラの “フォルダー” がもらえるという半券のような部分があるのにお気付きでしょう。これは、昔の雑誌広告によく見られる手法で、ダイヤルのちょっとしたディテールと同様にクールな、レトロ広告のまた別の魅力として私たちの関心を惹きます。

クールなクラシファイド広告:1966年のオータヴィア

 

この1966年の広告(すぐ下の写真) は、Ref. 2446 オータヴィアの最初の広告で、特大の “ビッグサブ” に見つめられると、目をそらすことができません。しかもこの印刷広告は、オータヴィアに関する研究を深める際の資料という以上の意味を持っています。さらに、60年代にヴィンテージウォッチがどのように販売されていたのかのストーリーを物語る上でも重要な役割を担っています。

 

例えば、時計の広告はかなり小さいものがほとんどです。この広告の時計には大きなサブダイヤルが配されてはいるものの、この広告も極めて小さく、実際のサイズはわずか6cm×7cmです。

こうしたクラシファイド形式の広告は、ホイヤーの歴史と成功において特別な地位を占めるフェルドマー・ウォッチ・カンパニーが出したもののようです。ジャック・ホイヤーの自伝によると、“キング・オブ・クール” の異名をとったスティーブ・マックイーンに映画『栄光のル・マン』で「タグ・ホイヤー モナコ」を着用させるよう働きかけたのは、義理堅く信頼のおけるホイヤーの顧客であったバーニー・フェルドマー氏でした。

 

不思議なことに、この広告にはモデル名が記載されていません。すぐに「タグ・ホイヤー オータヴィア」と分かるであろうものは、”Wrist Chronograph(クロノグラフ腕時計) ” という古風な趣のある表現。これは、当時、時計を機能で評価する時代だったことを想起させる、チャーミングでストレートな呼び名です。

ワンス(またはトワイス) アポン ア リスト ー パート1:カレラ デイト

ジャック・ホイヤーの自伝によると、ホイヤーがアメリカで初めて全面カラー広告を出した時に登場したのは、「カレラ デイト(Dato) 」Ref. 3147でした。ホイヤーの新しいデザイン言語が、真新しい広告キャンペーンによって紹介されたのは、まさにホイヤーならではのことと言えます。

上記のDatoの広告を考案した代理店のおかげで、ホイヤーはこの10年間、時計をそれが着用される場所、つまり時計を手首に装着して紹介する一連の広告を展開することになったのです。握りしめた拳のビジュアルは、ホイヤーとタグ・ホイヤーのアイコンとして繰り返し登場し、ブランドの哲学である “期待を裏切らない強さ” を再確認するものとなりました。さらに、モデルの腕は常にターゲットとなる市場に見合った服装をしています。例えば、このDatoの広告のコピーを読むと、ホイヤーがスキーヤーを念頭に置いていたようなので、分厚いニットセーターが衣装として選ばれているわけです。

 

これは「カレラ デイト」の機能を明確にビジュアルで表現した、ホイヤーのパワフルな広告です。生き生きとしたビジュアル言語に加えて、啓もう性、かつ、エンターテイメント性にも富んだ洒落たキャッチコピーも使われていました。時計に多くの機能が搭載されているように、文章の中にも様々な技術情報やインスピレーションが詰まっています。この文章の重要な部分を挙げるとすると、「宝石店、プロショップ、スポーツカー用品店、専門店」でという、過去にホイヤー製品がどういった店舗で取り扱われていたかが、趣のある古風な表現で紹介されている点です。

ワンス(またはトワイス) アポン ア リスト ー パート2:オータヴィア

 

この1967年の雑誌広告には、レアな Ref. 2446 オータヴィアが掲載されています。この広告では、もちろんGMTウォッチのトレードマークである輝くバイカラーの24時間ベゼルのインサートが目を引いたことでしょう。

 

ホイヤーの製品はモータースポーツに関連するものが多かったのですが(今もそうですが) 、自動車の “automobile” と飛行機の “aviation” を組み合わせたAutavia オータヴィアは、これまでは違う高度の読者をターゲットにしていました。
時計を身につけたモデルの袖を飾るゴールドのストライプは、飛行機のパイロットの専門技術・知識(そして優雅さ) をイメージしています。

シリーズ生産を広告で謳ったモデルが、なぜ少量生産で終わったのかを不思議に思われる方のために当時の状況をご説明しましょう。実は、初期のスクリューバックケースを採用したこの広告が掲載された後、新しいデザインの丸いコンプレッサーケースが生産されるようになったためなのです。最終的に丸いコンプレッサーのスタイルが主流となり、スクリューバックの寿命が短かったため、この広告はむしろ時代の流れを映し出す貴重なスナップショットとして残っています。

ワンス(またはトワイス) アポン ア リスト ー パート3:タイマー付きオータヴィア

 

今の時代、製品を販売する際には、SNSのインフルエンサーが重要な役割を果たします。インターネットがなかった時代(想像するのも難しいですよね) 、有名人が推薦することは強力な販売ツールでしたが、それは紙媒体で伝えられていました。1968年に発表されたこの雑誌広告(写真下) は、ホイヤー製品と計器飛行資格を有したパイロットとの間に強い絆が生まれた一例を示すものです。

 

この広告は「ホイヤーの3つのタイマーを全て必要とするのはどんなタイプのパイロット?」という冒頭の質問に答えることで、この時計の革新的な機能性を讃えています。十分な訓練を受け、熟練した飛行のプロ集団と製品を結びつけることで、こうした時計の品質と信頼性がいかに高いものであるかを示唆し、潜在的な購入者に自信を印象付けています。

 

当時、広告の目的は、時代の最新技術を反映し、安全に飛行するために求められる機能を備えたアナログ製品を販売することにありました。もちろん、1960年代以降技術は進歩し、デジタルコンピュータやGPSの登場により、こうした計器をもはや必要としないパイロットたちもいます。広告に登場する時計は技術的には古くなっているかもしれませんが、この広告は当時のことを思い起こさせてくれるとともに、ホイヤーの遺産がいかに豊かなものであるかを再認識させてくれるという点で高い価値があります。

クロノグラフ年代記

 

この1968年の広告は、厳密にはホイヤーの広告ではなく、多くのブランドのクロノグラフを専門に扱う小売店の広告です。印刷広告には様々な形態があります。従来の雑誌広告(あらゆるサイズ) であろうと、カタログであろうと、製品を示し、説明し、情報を提供する文書は全て関連性のある重要な広告媒体と考えるべきです。

 

この広告では「カマロ」を含むホイヤーのトリオが表彰台に乗った勝利選手のようなポーズをとっていますが、この広告での真のチャンピオンは、時計を囲む文字列ブロックでしょう。内容を読んで(そして調べて) みると、ホイヤーの時計の販売や所有の歴史について驚くべき情報が得られます。

名前からは想像できない方のために念のために説明しておくと、クロノスポーツ UK社はクロノグラフの主要な販売会社でした。この会社は、一般向けに時計を販売していただけでなく、レーシングチームにも計時機器を提供していました。今では、時計の来歴や背景にあるストーリーが重要視されていることからも、こうしたクロノスポーツによる広告は、クロノグラフの年代記の内容を充実させるものとして、大切に扱われるべきものです。この広告をより良くするための唯一の方法として考えられるのは、「タグ・ホイヤー カレラ」がこの中にあったら、もっと良かったのにということです。

今回の旅の案内人であるアド・パティナ社は、ヴィンテージウォッチの広告における信頼性の高い第一人者であり、往年の特定のタイプの印刷広告に関しては、類稀なる貴重な情報源となっています。同社は、時計に現れるパティナ(緑青) がその時計のストーリーを物語るように、過去の広告が、現在進行中の時計蒐集の会話における重要なリソースになると確信しています。

次回をどうぞお楽しみに。