スポーツ TAG Heuer × Porsche 静かな走行

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デヴィッド・グリーン 『The Times Luxx Magazine』誌の自動車関連の寄稿者

モータースポーツの歴史における次章に邁進する、タグ・ホイヤー ポルシェ フォーミュラ Eチーム。耳をつんざくようなエンジンの燃焼音がないため、レースが通り過ぎるのを見過ごしてしまうかも。

ポルシェはモータースポーツにおいて、長い間成功を収めてきました。カレラ・パナメリカーナおよびタルガ・フローリオでの耐久ロードレースから、200mphを超える速度でマルサンヌストレートを駆け抜ける917スポーツ プロトタイプの火を吹く巨人、ル・マン24時間レースまで。

この名高いレースの歴史の次章でおそらく驚きに値するであろうこと。それは、ピストンやバルブ、排気管がその景色から消え、2019/20シーズンには、フォーミュラEの電気自動車によるシングルシーター シリーズにポルシェが参加したということです。

これほど多くの魅力的なカーブランドが参加するレースシリーズは想像し難いかもしれませんが、フォーミュラEには独特な魅力があるのです。スペインの実業家、アレハンドロ・アガグが2014年に創り出した新しいプロジェクトでは、内部燃焼エンジンだけでなく、世界的なレーシングシリーズの運営方法に関するルールも撤廃される事が当初から明らかにされていました。フォーミュラEは、大都市圏から何マイルも離れた場所にあるサーキットではなく、世界の有名な都市の中心部で競われる事になったのです。

これまで、パリ、ロンドン、香港、北京などでレースが開催されてきました。従来の方式に加えられたその他の調整としては、F1が週末の3日間に開催される一方で、レースイベントを含めて開催期間を1日に短縮したことがあげられます。その結果、より幅広いファンを獲得し、特に家族にアピールすることができました。鼓膜を突き破るような轟音を発する車がレースには欠かせないという幻想は捨て去られました。互いの声を聴き会話ができる、クリーンな熱戦を楽しむ観客という市場がある事が証明されたのです。

1日の外出にも最適です。ドライバー達も楽しんでいるようです。トラック上では相変わらず競争がありますが、F1でのプレッシャーがかかった状態よりも、車の外でリラックスできる時間がはるかに長くなっています。トラックでのセッションの合間には、パドックで交流したり、レース参加者と気軽におしゃべりしながら冗談を言ったりする事もよく有ります。レース後には空港に全力疾走するのではなく、魅力的なアガグのもうひとつのシグネチャーである、豪華なアフターパーティーに向かうドライバーたちも多くいます。市内中心部というロケーションは、こうした点でも有利に働きます。シルバーストーンは素晴らしいサーキットですが、色々楽しみたいグルメ家に最適な場所とはいいがたいですから。

2019年サウジ ディルイーヤE-Prixでのアンドレ・ロッテラー

フォーミュラEのドライバーのひとり、ベルギーとドイツにルーツを持つ、笑顔を絶やさないポルシェワークスドライバー、アンドレ・ロッテラー。ハンサムでカリスマ性があるだけでなく、才能にも恵まれ、数ある表彰台での成功を収めているかれは、ル・マン24時間レースでも3度優勝を果たしています。多くの点で、ロッテラーは、様々な車やシリーズでのレースを楽しむ、レーシングドライバーの過ぎ去りし時代に逆行しています。フォーミュラEに参加する事を決意した時、彼はそれが世界最高のドライバー達にとって魅力的な分野であると感じたと言います。

ル・マンで超高速のプロトタイプでレースに挑むのは難しい事に思えるかもしれませんが、ロッテラーはフォーミュラEの方がより厳しいレースだと感じています。「当事者以外からすれば、ル・マンで時速350kmを出すほうが難しく思えるでしょう。しかし、ストレートで時速350kmを出すことは実は簡単なんです」と彼はさりげなく言います。一方、フォーミュラEは…「とても体力を消耗します。トラックは壁に囲まれているし、エネルギー管理もしなければいけない。通常に比べ20人力ほどが必要になるんですよ。

モータースポーツでレースがこんなに厳しいと感じるのは初めてです。」ひとつのミスで全てが終わりです。「ちょっと間違えば、壁にぶつかってしまいますからね。」

彼はまた、フォーミュラEが設立された何よりも重要な理由、電力に注目を集める事を支持しています。「自動車の製造者がフォーミュラEに参加する事は非常に重要だと思います。フォーミュラEはそれぞれの戦略上のプラットフォームであり、電気自動車のスポーツとしての面を正しく表現しているからです。これは将来にとっても非常に重要な側面だと思います」。彼は、より環境に配慮した持続可能な方法でレースをするという考えに賛同しています。「今、誰もが何かをする責任があると思います。シリーズでレースをしているドライバーとしての私だけでなく、エンジニアを含めたポルシェにとっても、彼らの最高のテクノロジーをより良く、よりクリーンな方法で投入し、より良いソフトウェアとより効率的なモーターを搭載するための限界を推し広げる時です」。

こうした技術的進歩は、日常的に運転する自動車の製造にも役に立っています。2019年9月、ポルシェ初のフル電動スポーツカー「タイカン」が発表されました。電気自動車のレースで得た知識を活用して、シリーズをさらに発展させる予定もあります。当然ながら、技術面だけでなく、デザイン面にも重点が置かれます。ポルシェが電気自動車のレーシングカーで優勝を収めれば、それは電動ロードカーの売れ行きにも直接的な影響を与えるでしょう。アメリカの有名な言葉「日曜日に勝って、月曜日に売る」が体現されるのです。

タグ・ホイヤー ポルシェ フォーミュラE チーム(Hoch Zwei撮影)

ポルシェが自らの心の故郷だと言うロッテラ―。ポルシェのレースに携わっていた彼の父は、ラリー用のグループBカーで幼いアンドレを学校まで送っていたとか。そうした記憶のもと、ロッテラーは今では、クラシカルなポルシェのロードカーを何台も所有する、生涯のポルシェラバーとなりました。そして、自分に最適なチームを見つけました。「子供の頃は911の絵を描いていました。いまでも心に残る、素晴らしい車ですから。だって、ポルシェが好きになれない人なんて、いないでしょう?」。ロッテラーに加え、若くて才能あふれる元F1ドライバー、ドイツとモーリシャスにルーツをもつパスカル・ウェーレインも次シーズンからポルシェに加わります。ルーキーイヤーに向けて十分な準備を積み、強力なドライバーのペアリングを用意したタグ・ホイヤー ポルシェ フォーミュラ Eチームは、これまでよりも静かでクリーンに獲得した新しいトロフィーをキャビネットに並べることでしょう。

デヴィッド・グリーン 『The Times Luxx Magazine』誌の自動車関連の寄稿者