サヴォワールフェール Collected, Vol. 1、パート1
10分
まず最初に、ご存じない方のためにご紹介します。素晴らしきタグ・ホイヤーのコレクターたちをインタビューするこのシリーズ。初回では、エリック・ウィンドとニコラス・ビーブイックが登場します。エリック・ウィンドは、世界有数のヴィンテージウォッチのスペシャリストの1人であり、以前はクリスティーズに所属。その巧みな指揮で、世界でも注目を集めるタイムピースをいくつも獲得につなげた人物です。ボナムズおよびクリスティーズの元ウォッチスペシャリストであるニコラス・ビーブイックは、香港を拠点とするBlackbird Watch Manualの事業開発ディレクターです。
このインタビューは、 ヨーロッパ午後2時、フロリダ午前8時、香港午後8時という、3つの異なるタイムゾーンを超えて行われました。
TH：シンプルだけれど悩ませるトピックから始めましょう。ご自身のコレクションからホイヤーまたはタグ・ホイヤーの時計を1つ選んでお子さんに受け継がせるとしたら、それはどの時計ですか？その理由は？
エリック(E)： 私は1940年頃のホイヤー クロノグラフ リファレンス 2406を所有しています。30年代か40年代か、時期を正確に特定するのは難しいですが、ホイヤーによる初期の防水クロノグラフです。シルバーのダイヤルが美しい。私が今まで見た中で最も美しいクロノグラフの1つだと思っています。なので、いつの日か息子のチャーリーに受け継がせたいですね –
1940年代のホイヤー クロノグラフ リファレンス 2406、エリックのプライベート コレクション
TH：チャーリーはラッキーですね！
E ：本当に。私は概して、40年代のクロノグラフが大好きなんです。ハンドクラフトが感じられる。初期のウォッチメイキングがたどった進化を見ることができる。そして、そうしたモデルのスタイルが何とも言えない。中でもこの1本は、 同時期に作られたクロノグラフの中でも最もエレガントだと思います。
TH：どのようにしてその時計に出会ったのかお聞きしても？
E：実は、遺品整理としてeBayに出品されていたのです。ほとんど新品同様でした。1943年に1回だけ保守点検を受けていたようです。おそらく何十年も使われていなかったのでしょうが、それでも誰かが保存してくれていたことに歓喜しました！
TH：エリック、正直に答えてくださいね。(eBayやオンラインで時計を見つけるための) Googleアラートはどのくらい設定しているんですか？
E：(笑) 少々、と言っておきましょう。
TH：では、ニコラスはどうですか？
N：私の一番のお気に入りは、みんなが知っている。ゴールドのカレラ リファレンス 1158ですよ。私にとってのホイヤーの魅力は、60年代と70年代のレーシングドライバー達との結び付きです。だから、全く別の角度からこのブランドを見ているエリックと話すのがとても楽しい。私が子供に受け継がせるなら、ゴールドの1158 CHN – パイロット ウォッチでしょう。ジャック・ホイヤーとエンツォ・フェラーリの交渉によって、ドライバーたちに贈られたことで有名な時計です。けれどね、私には息子が2人いるんです！ 私が持っているパイロット ウォッチは1つだけ。ということは、受け継がせる時計がもう1つないといけない。昨年売りに出されたマイク・ヘイルウッド所有のモデル。これは私にとっての渇望の品です。今現在オーナーは私の親しい友人なのですが、何とかして譲ってもらって、そしていつかは息子の1人に渡せれば…。
ニコラスのお気に入り、ゴールド カレラ1158 CHN - 「パイロット ウォッチ」
TH： ちょっと気になるのですが、お子さんが娘さんでも同じように時計を受け継がせますか? それとも少しボーイッシュすぎますかね？
N：いや、全くそんなことはないですよ！ だからこそ1158が好きなのです。自動巻時計のケースはたいていとても大きいのですが、1158はずっと小型です。コンパクトで、より洗練されている。ケースに重点を置いて作られているのがわかります。カレラ 1153や1158は、驚くほど装着感に優れているんです。私は手首がだいぶ細いので、より大型のヴィセロイなんかよりもこちらがぴったりだ。
TH：ミラネーゼ ブレスレットとレザーストラップだったら？ 今着けているのはレザーストラップですよね。
N：ブレスレットは持っているのですが、実はどうしてもカットできないでいるんです。ブレスレットを着けたい。けれどそのためには、かなりの長さを犠牲にしなくてはいけない。それで踏み切れないのです。別にちょうどいいサイズのものを新調した方がいいのかもしれませんね。ただ、素材となるゴールドの値段は今高騰していますが…。
1955年製のツインタイム
TH：あなたの時計を息子さんまたは娘さんに引き渡すのに、適切な年齢は何歳だと思いますか？ 18歳でこのようなタイムピースを持つのは無謀だと思いますか？
N：18歳で息子たちに時計をもたせることには大賛成。でも、自分自身の若いころを思い出すと若干不安も…。プレキシクリスタルを使用した、防水性のないヴィンテージのホイヤーを着けて大学に行くのはあまりよろしくないですよ。大学卒業のお祝いとしてプレゼントするのがいいかもしれない。もう少し先になりますね。
TH：それがいいかもしれないですね。これまで手に入れようとして逃してしまったホイヤーまたはタグ・ホイヤーはありますか？ エリックのGoogleアラートが逃がしてしまったモデル、と言いましょうか。
E：あまり知られていないモデルで、私が本当に気に入った時計がありました。1950年代に発表された、ツインタイムというモデルです。ホイヤー製のアバクロンビー&フィッチ ツインタイムを所有しているのですが、ホイヤー バージョンも是非とも入手したい。けれど、残念ながら私が知る限り、タグ・ホイヤー ミュージアムにしかないのです。ツインタイムは、回転式インナーベゼルによって第二時間帯を表示する技術が現れ出した初期の時計です。私が気に入っているのは、それがスポーツウォッチ、つまりツールとしての時計である点です。2つの時間帯を表示する方法が極めてシンプルでありながら、とてもエレガントです。
TH：おっしゃる通り！ ホイヤーまたはタグ・ホイヤーを入手する際に起こった、面白い話や珍しい話はありますか？
ホワイトのクロノグラフ針を備えたオータヴィア 1163 ヴィセロイ
N：拠点をアジアに移した直後、査定のために東京に滞在していた時の話。私たちは、質屋にある何百もの時計を1つ1つ見定めていました。時計を持ち込んで現金と交換できるのが質屋ですが、どんな掘り出し物が見つかるか、想像を超える世界なんですよ。ゴールドのロレックスがいくつもありました。その中で、バッグの中にこのヴィンテージのホイヤーが入っているのを見つけたんです。ヴィセロイ 1163です。取り上げて見てみると、新品同様だということがわかりました。研磨されてもいないし、変な扱いもされていなかった。すぐに店の人に値段を確認しましたね。本当に掘り出し物でした。一日が終わりに近づいていて、疲れ果てていたときの出来事です。まるで一筋の光が差すようにこの時計が現れた。
TH：そういった掘り出し物を見つけたときの反応は？いったん目をそらして、気持ちを落ち着かせて、期待が確信に変わった時。その瞬間、あなたの身体や心には何が起きますか？
N：見本市に行くと、膨大な数の時計を見ることになります。その中で、ほんの小さなディテールの違いが、大きな収穫を生むこともある。だから、かなり近寄って見る必要があります。そうして何か素晴らしいものを見つけた時、まずもう一度よく確認し、続いて気持ちが高揚してきます。突然脳内で、目を覚ましてこの事態に細心の注意を払えという指令が出されたかのように。それが自分にとって興味深いものであった場合は、掘り出し物を見つけたと感じ、大きな満足感に浸ることになります。
TH：あなたはそのような満足感をたくさん得てきたのですか？
N：それなりの経験を積んできましたからね！ 一般的に日本では、時計、特にヴィンテージ ウォッチは非常に人気が高く、目利きがたくさんいるので価格も高騰するんです。だから、私はその時計をそれなりの市場価値で購入することになったのです。エリックも知っていると思いますが、これはおそらく考えられる中で最も一般的なヴィンテージのホイヤーなんですよ。でも、広く知られるモデルであっても、状態の良いものを見つけると本当に満足するものです。
TH：一筋の光…、素敵ですね。
E：ゲイ・フレアーのブレスレットが付属していた？
N：していましたね。正規品で状態の良いゲイ・フレアー。このヴィセロイにふさわしい。完璧でしょう。
TH ：エリック、あなたには面白い時計入手の話はありますか？
1970年代のカマロの広告
E：もちろん。私はごく初期のホイヤー カマロが好きなんです。カマロはあまり知られていないかもしれませんが、とても興味深い進化を遂げてきたモデルなんです。数年前、ヴィンテージのホイヤーの収集を始めた時、eBayで見つけたモデルがあります。1967年にフロリダのデイトナ スピードウェイで行われたレース シリーズに際して制作されたカマロです。 私はその時計に入札しました。友人もその時計に入札していました。でも、落札したのはある男性でした。彼には、後に会いました。惚れ込んでいた時計なのですが、当時は落札を逃し、購入は不可能となってしまったんです。
それが最近、そのモデルをもっていた人の娘さんと連絡を取ることができました。彼女はまだ父親の時計を持っていたんです！ 彼は生涯その時計を身に着けていたそうです。その時計を所有していることをとても誇りに思っていたんですね。だから娘さんは、なかなか手放す決心ができなかった。でもついに決意を固めた。問題は、彼女が住んでいるのは明らかにパンデミックが進行中のニューヨーク市内だったということです。それで、私の友人がその時計を受け取りに出かけましたが、なにやらややこしくなってしまい、2人が会えるまで2時間もかってしまったんです。互いに会おうとしてすれ違い、駐車場で待ち合わせる予定が別々の駐車場に行ってしまったり。電話で確認を取り合いながらも、彼女は車でどんどん離れて行ってしまい…。まるで漫画のような出来事でした。とてもできのいい、ね。結末は、追いかけ続けた友人が彼女にやっと会えた時、彼が得たのは時計だけでなく、そのレースの優勝杯まで手に入れた、と言ったところでしょうか。彼女とはまだ連絡を取り合っていますよ。その時の記念の品、例えばレースのテープなんかを持っているかもしれませんしね。
エリックの話に登場するホイヤー カマロ
E：カマロが特別なのは、私が知る限り1968年まで正式に市場に出なかったという点です。その1年前のこと。デイトナ レースのプログラムには優勝者にカレラが贈られると記載されていたのですが、直前になって変更され、参加者全員に贈られることになりました。つまりそれは、市場に出す前のテストのようなものだったんです。その時のモデルが最初のカマロになります。これらのモデルのダイヤルはすべてブラウン。いいデザインだ。
TH：駐車場の話、すごいですね。ロマンチックコメディのようであり、スリラーのようであり。
E：本当にそうです！
TH：タグ・ホイヤーの何がコレクターを魅了すると思いますか？
N：私にとっては、人々のつながりです。モータースポーツとこのようなつながりを持つブランドは他にありません。1960年代、レースプログラムの資金集めのために、ドライバーたちがピットを歩き回ってチームメイトやレース相手に時計を販売したという逸話があったり、彼らがそうした時計を身に着けたアイコニコラスな姿を見ることができたり。他に類のないブランドです。この時代は、モータースポーツにとって非常に重要だったんです。とてもスリリングで危険に満ちていたその時代の空気を、ホイヤーは纏っているのです。ドライバーたちはこれらの時計を選ぶまでもなく着用していた。ホイヤーを身に着けるていれば絶対に間違いはないのですから。戦う者にとって欠かせないアイテムだったのです。チャンピオンシップの優勝者。そして素晴らしき登場人物たち。それらすべてが、私にとって、このブランドにロマンを感じさせてくれる要素です。
マーキュリー・クーガー レーシング チームのロゴが入ったカレラ、エリックのプライベートコレクション
TH：戦う者たちが直感から選ぶ時計ということですね。
N：その通り。危険な状況での運転時にコックピットで身に着ける時計として、このブランドを選んだのです。
TH：エリック、あなたはどうですか？ タグ・ホイヤーがコレクターにとって魅力的なのはなぜでしょう？
E：何よりまず、タグ・ホイヤーが制作しているのは目的のためのツールであるということです。例えば、クロノグラフやストップウォッチは、軍用だったりスポーツ用だったり。とても魅力的だと思います。私はストップウォッチのコレクションも所有しています。とても素晴らしいのに過小評価されていると思っているからです。ダッシュタイマーも同じ。ラグジュアリーであったり派手であったりする必要はない。プレッシャーに打ち勝ち、最高のパフォーマンスをすることを目的としたものなのです。
TH：メゾンのコレクションで一番のお気に入りを1つ選ぶとしたら？
N：オータヴィアとカレラです。モナコも大好きなのですが、残念ながら私には少し大きいんです。だから、手巻き時計限定で。
TH：ニコラス、お気に入りを1つ、という質問ですよ！ まあ、でも、時計を着ける手首は2つですものね。
N：私の2人の息子の内1人を選ぶことなんてできませんしね。
TH ：コレクションをお子さんに例えるとは面白い。
N：妻が聞いていないといいのですが…
E ：ニコラスが2つ選ぶなら、私も2つ選びますよ。私なら、スキッパーとシーファーラーですね。どちらも興味深く、ニッチな時計です。その時代に、タグ・ホイヤー以外の誰もこうした時計を作ろうとはしなかった。
1967年制作のごく初期のモデル、スキッパー 7754、エリックのプライベートコレクション
今回はこの辺までとしましょう。来週のパート2では、 ケース、時計の状態、腕元の聖域、そして危険な「ロマンス」といったトピックをお贈りします。
